2009年12月29日火曜日

コントラバスの宵

先日、コントラバス奏者の齋藤徹さんの「徹の部屋」へ行った。
今回のゲストは、詩人の野村喜和夫さん。

このお二人はメキシコ市で昨年の10月行われた詩の催しに参加され、
当時現地に留学中だった私は縁あって通訳のようなお手伝いをし、
面白い経験をさせていただいたのだった。

今回は、帰国後初めて、
お二人が組んだパフォーマンスが見られるチャンスだった。



思ったこと、その1.
今回改めて気づいたのは、
野村さんの「朗読」が、詩を黙読する際のプロセスに通じるのではないかということ。

ひとつの作品を読むにあたって、冒頭から末尾まで一度読んで終わりということはない。

一度通して読み終わった後に、気になる詩句、フラグメントが何度となく繰り返されたり、
あるいは、はじめから進み、戻り、繰り返し、進み、戻り、という動きをとったり、
そうして全体像が結ばれる。

ポール・ヴァレリーが、
散文は歩行のようなものであり、詩は舞踏のようなものであると書いていたが、
まさに、野村さんの詩の朗読を聞くことは、舞踏を見ることと似ていた。


その2.

詩のことばについて、私の理解が間違っていなければ、
その本質は意味をはぎとることにある、と野村さんはおっしゃっていた。
規定されることを拒む、ということ。

ことばに挑み、ことばで遊び、ことばを解体することは、ことばを破壊することでは、決してない。
そこには、詩人のことばに対する敬意が、そして「ことば」の詩人への信頼のようなものが感じられた。

斎藤さんの演奏も、
え、そんなこともしていいの?と驚かされ、ハラハラさせられ、楽しまされるが、
そこには、コントラバスとのあつい信頼関係があるように思えた。

端正なバッハを弾かれても、
どこの国のものかわからない鳴りものをジャラジャラ弦にはめられても、
巫女のように扱われても、
倍音を強調して鳴らされても、録音した音と共演させられても、
駒を叩かれリズム楽器と化しても、本体そっちのけで弓だけがヒュウっと鳴らされても、
奏者がいきなり歌声で共演し始めても、
つやつやのコントラバスは、動じずに立っていた。

信頼の有無を
客観的に確かめることのできないもの(この場合は、ことば・楽器)との間に
相互の信頼関係を結ぶのは、すごいことだ。

たとえば、すごいこと、なんていう表現を使っているようでは、
ことばの信頼は得ることはできない。
やれやれ。


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*このイベントについて、
齋藤徹さんのページに、詳しいリポートがあります。
Blogから、12月26日の記事へ。
メキシコでのことも書いてくださいました。ありがとうございます。

http://web.mac.com/travessia115/tetsu/Tetsu_Saitoh_Travessia_Home_Page.html

2009年12月24日木曜日

レモンのつぼみ

部屋にある植木鉢のレモンに、白い小さなつぼみを見つけた。

12月につぼみをつけるのはレモンとしてどうなのか
という問題はひとまず置いておいて、
冬至を過ぎて、さあ、これから一日ごとに春に向かうんだ という気分にはぴったり。

初雪が降るころに、(降るならば)
シャープでしっとりしたレモンの花が咲いたらおもしろい。

2009年12月22日火曜日

つりあい

Equilibrio というスペイン語が、なんだか好きだ。
エキリブリオ。 「エル」と「アール」の配置も、全体の響きもいい。

つりあい、均整、平静、という意味の、このことばが気になり始めたのは、
きっと Equidistante ということばを知ったころだったと思う。

Equidistante 等距離の。 
equi というのが「均等であること」を表しdistancia が距離。

では、Equilibrioは?
Libraと言えば、「天秤座」のこと。
天秤がつりあって重さが同じなのが Equilibrio だということなのだろう。

そういえば英語の「バランス」には「equi」の要素は含まれていないのか、
と不思議に思って調べてみたら、
「バランス」という語も、起源はラテン語だった。

balance. (ジーニアス英和大辞典)
初13c; 後期ラテン語 bilanx (2つの天秤皿をもった)

皿が2つというだけで、天秤が釣り合ったという状態を表してしまうのも面白いが
やっぱり equi が入っている Equilibrio に惹かれる。

2009年12月20日日曜日

オラシオ・カステジャーノス・モヤ 『崩壊』


オラシオ・カステジャーノス・モヤ氏の小説『崩壊』
(寺尾隆吉訳、現代企画室、2009年)の出版記念会があった。
(12月16日、セルバンテス文化センターにて)

日本語版の帯は、この小説を次の三行で紹介している。

 「軍事政権、ゲリラ、クーデター、内戦、隣国同士のサッカー戦争―
 人びとを翻弄する中米現代史を背景に、
 架空の名門一族が繰り広げる愛憎のドラマの行方は?」

この作品は実際に起きた出来事を下敷きにしている。
特に第二部にあたる書簡体の部分を書くにあたっては、
多くの歴史的資料に当たり、外交文書のアーカイブをも参照したという。

しかし、16日に作者も語っていたように、
中米の歴史を知らなければ読めないような本では決してない。
作品を読みながら直接的・間接的に出来事の姿が見えるように仕組まれている。

しかも、主人公は歴史的な出来事ではなく、そこに生きる(架空の)人物たち。
彼らの抱える問題 (とくに作者が挙げていたのは「家族」、「世代間の対立」など)は、
別の時代、異なる地域に暮らす私たちにとっても他人事ではないものだ。


『崩壊』は、読み手をぐいぐい引き込むという意味で「読みやすい」本だと言える。
当たり前だが、「**でもわかる」式の読みやすさとはまったく違う。
読み手の頭脳と感性を稼動させ、次のページを読まずにはいられなくさせるようなもの。

ジャーナリストとしても活躍する作者の、
好奇心、調査力、人間観察の鋭さ、批判精神、ユーモア、語りの巧みさ、
さまざまな持ち味が存分に発揮された一冊だ。


ちなみにスペイン語版と日本語版を並べてみたら、
左開きと右開きであるだけでなく、
木の根もどこか連続しているようで、きれいな対になった。

2009年12月15日火曜日

隠された主張

その本を読んだわけでもないのに、忘れられない題名がある。

『橋はなぜ美しいか』

図書館でたまたま通りかかった書架に見かけた背表紙。

この問いは、「橋は美しい」ということを前提としている。
疑いを向ける余地など、ない。

なんだか整然とした強さを感じ、どきっとした。

2009年12月14日月曜日

びっくりして飛び出る

いつの頃からか、見るたびに漫画的な絵を思い浮かべてしまう形容詞がある。

西和辞書で引けば、

exorbitante (形)
[要求・価格などが]法外な、途方もない」

と出てくる。(白水社現代スペイン語辞典。以下同じ) これは別に面白くもない。

しかし分解すれば、
ex-orbitante

つまり、órbitaから飛び出るような。

órbita (女性名詞) は、
1. (天文)軌道
2. [活動・影響などの]範囲
3. (解剖)眼窩
4. (物理)電子軌道


1番の意味から類推すれば、órbitaを「常軌を逸した」ということになるだろう。

が、私の頭に浮かぶイメージは、3番。
ガーン何だそれは! とびっくりして、目が飛び出ている絵だ。

2009年12月13日日曜日

ありがたき

何かの拍子に、「ありがたき幸せ」というフレーズを
羽織袴に丁髷の映像つきで思い出した。
(大岡裁きの番組だろうか。)

ふと考えれば、この場合の「あり難き」には、
「ありがとう」という際には意識しない、字義通りの意味が残っている。


各言語の「ありがとう」という表現が、
もとはどんな意味の言葉からできているのか調べたらおもしろそうだ。


頭に浮かぶ範囲では、
gracias, merci は、キリスト教の神の恩寵という意味が関わっていそうだし
 (↑別れの挨拶の Adios, Adieu のように)
obrigado は恩義を受ける、借りができたという感じがありそうだ。
Thank you や 謝謝 は、直球だと思う。

2009年12月10日木曜日

海を渡る蝶

「春」
てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。

という安西冬衛の詩があるが、雑誌『亞』に掲載された版では少し違う。


てふてふが一匹間宮海峡を渡つて行つた  軍艦北門ノ砲塔ニテ


韃靼海峡(タタール海峡)=間宮海峡。
サハリン(樺太)とユーラシア大陸の間の海峡。
呼び名が違うだけで、場所は同じだ。

最終的には、「韃靼海峡を渡つて行つた」に落ち着くのだが、
「間宮海峡」と「韃靼海峡」では、イメージの強烈さが違う。

地名の由来から、間宮林蔵と韃靼人のどちらが連想されるか、ということもあろうし
そもそも、音のインパクトがだいぶ違う。

「間宮海峡」の版では、
「軍艦北門ノ砲塔ニテ」という添え書きによって
蝶の軽く脆い飛翔と対照的な、砲弾の重々しく凶暴な軌跡が感じられるが、
最終版では、「てふてふ」と「韃靼」だけで、それがすでに含まれているようだ。


感嘆ついでに、蝶を、大航海時代へ移してみたくなった。
こういうのはどうだろう。

「16世紀」       安西冬衛に
てふてふが、一匹、また一匹と、マゼラン海峡を渡って行った。


2009年12月7日月曜日

準備万端

きちんと片付いた感じの一戸建てから、
グレーのトイプードルが嬉しそうに出てきた。

散歩用のリードの手元に現れたのは、80歳近いように見えるおじいさん。
はずむ足取りのトイプードルと歩くのは大丈夫かな、と一瞬おもう。

犬にせかされるようにして、おじいさんの全貌が現れた。

リードを握るのと反対の手には、犬トイレ用のビニール袋がかぶさっていた。
準備万端だ。

2009年12月6日日曜日

シンコペーション

Síncopa. (小学館西和中辞典)
1.(音)シンコペーション
2.(文法)語中音消失。 natividad →navidad, Barcelona→Barna.

シンコペーション、たとえば、
タタタタタタタタ の代わりに、 タタータータータ。

日本語でことばが簡略化されるとき、
途中の音が抜けて頭とおしりが残るというパターンは、あまりないんじゃないだろうか?

頭を残すのはともかくとして、語のおしりはあまり重視されないように思う。
天ぷら+どんぶり なら、二語の頭をとって、天丼。「天ぶり」にはならない。

あれこれ考え、ようやく思い当たったのが「すし」だった。
しかし、
「すし」 =「酢飯」の頭とおしりをとったものではないか、
という仮説は、辞書を引いた途端に脆くも破れたのだった。


「すし」(デジタル大辞泉)
形容詞「酸し」の終止形から。


トランペットの続き

軍隊ラッパについて電車に乗りながらぼんやり考えていたら
あるメロディーに思い至った。

正露丸というのは、日露戦争のときに開発された薬で
「制露丸」だったか、「征露丸」だったか、というのが元の字だと聞いたことがある。
ラッパのマーク、というのは、軍隊ラッパなんだろうか。

2009年12月5日土曜日

袖振り合うも

野菜の無人販売所で、大根を買った。
野球選手のすねぐらい太くてずっしり。
もちろん葉つきで、紫のひもでまとめてある。

フランス人が香ばしいバゲットを買って帰るときのようにして、
白く冷たくずっしり重い大根を小脇に抱えてずんずん歩いていたら、
むこうから歩いてきたおばあさんが、笑顔で言った。

まあ、立派な大根ねえ。おいしいでしょうねえ。


いつかの夏、
暑さのひどい午後に、渋谷から乗った電車で
隣に座ったおばあさんに、声をかけられたことがあった。

暑いですねえ。やっぱり夏は、木綿よね。

そのとき私は、白い木綿のシャツブラウスを着ていた。



東京では「袖振り合う」人と会話が生まれることは少ないけれど、
時にはこういうこともある
いい意味での「隙」を持っていたい。

2009年12月3日木曜日

「おみ」について

「おみおつけ」ということばの初めの三文字
「お」「み」「お」は、どれも丁寧の「お」だ、
と何処かで聞いたことがあった。

が、なぜ味噌汁をそんなに丁寧に言う必要があるのか、
ふと不思議に思えた。

いつもの通り、辞書を引いてみた。
衝撃の事実。

「御味御汁」(明鏡国語辞典)
[名] 味噌汁の丁寧語。「おみ」は「味噌」の女房詞(ことば)。

「御味御汁」(デジタル大辞泉)
「おみ」は味噌の意の、「おつけ」は吸い物の汁の意の女性語
味噌汁をいう丁寧語。

「おみ」が味噌とは知らなかった。
女房詞ということは、平安時代から続くことばなんだろうか。

2009年12月1日火曜日

戦場のジャズトランペット

先日、ロマン・ポランスキー監督の作品を見た。

1959年の短編作品のなかに戦場の場面があり、
(このほかには、『戦場のピアニスト』まで、戦争を作品に取り上げることはなかったそうだ)
そこで、トランペットの音が聞こえてきた。

勇ましい軍隊ラッパかと思ったら、それは次第に柔らかな音色と旋律に変わった。
戦場に響き渡るジャズトランペット。

はっとする一場面だった。

2009年11月29日日曜日

ぎゅうぎゅう

何を読んでいたときだったか、「犇く」 という字が出てきた。

この字を見たのは(おそらく)初めてだったけれど、
牛が三頭もあつまっているということは、、、

電子辞書の手書き入力機能を使って確かめると、
やっぱり合っていた。
ひしめく、だ。

ぎゅうぎゅうにひしめきあっている様子。うまくできている。


ん?
犇。ぎゅうぎゅうぎゅう だ。 

そんな遊び心が混ざっているのかどうかはわからないが、とにかくよくできた字だ。

2009年11月27日金曜日

歌う、踊る(Tha band dancer vol.1)

先日、ダンサー西林素子の出演する舞台
「トランプ」(The band dancer vol.1)を見てきた。

生のバンドと生身のダンサーが共演し、
ポーカーや大貧民などのトランプゲーム、ジョーカーをモチーフに
一曲一曲、違った味わいのショウが繰り広げられる。

ヴォーカル、ギター、ベース、ドラム、キーボード、サックス、トランペット…

バンドの楽器それぞれの持ち味が違い、そして担う役割も異なるうように、

ダンサーも一人ひとり、ちがった魅力を持っている。
そしてそれが見事に引き出されていた。

西林素子というひとは、

格好良さと華やかさとチャーミングさを兼ね備え、それに一本芯の通った
稀有なひとで
ダンスにもそのすべてがあらわれている。


こんな贅沢な舞台を、またいつか見たい。



もうひとつ。

この舞台の音楽をプロデュースしたヴォーカルとサックスの戎谷俊太氏の歌は、

ことばがとても素直にメロディーに乗っているのか、まったく自然に頭(か心か?)に入ってきて、

不思議な感覚を覚えた。

ふと、開演前に読んだパンフレットに
「バークリー音楽院の卒業実技試験で、サックスを吹かずに日本語で歌い、卒業を一度見逃す」
とあったことを思い出した。
きっと彼の表現の根本は、自分のことばで・自分の声で、歌うことなのだろう。

2009年11月25日水曜日

光の世界へようこそ

身近に、新しい命が生まれた!

とても好きなスペイン語の表現に dar a luz  というのがある。

dar は「与える」、luz は「光」。
dar luz は、「明るくする」。
dar a luz は、「出産する」。

たとえば「双子を出産する」だったら、dar a luz a gemelos となる。
赤ちゃんを光のもとにさしだす、ということなんだろうか。

いまごろ、文字通り「うまれて初めて」見ているであろう今日の陽射しは、
くっきりとして、とてもきれいだ。

2009年11月23日月曜日

ちゃぼ

堀江敏幸さんの『回送電車』(中央公論社)が面白い。

「さびしさについて」という、ちゃぼ(矮鶏)をめぐる一文にため息をつく。

ちゃぼのたまごを食べた経験は私にはないが、
「バンタム級」の「バンタム」がちゃぼの意味だと聞いたことを出発点に
辞書をハシゴするくだりには、深く共感。

野暮は承知の上で、辞書遍歴の成果をかいつまんで書いてしまうと、

「バンタム」を引く
→「ジャワ島のバンテン(旧称バンタム)地方原産の鶏の品種のひとつ」で、「ちゃぼに似たもの」

「ちゃぼ」を引く
→「矮鶏」、英語名「ジャパニーズ・バンタム」。
「江戸時代に入ってきた小形の鶏を日本人が改良したもの」

「ちゃぼ」を広辞苑第四版で引く
→その名は、原産地の占城(チャンパ)に由来。愛玩用の「鶏の一品種」。
「小形で、尾羽が直立し、脚が非常に短く、両翼が地に接するほど低いことなどが特徴」 ……。


この後、
ちゃぼが主人公の童話、ご自身のひよこ育て経験、そしてちゃぼを詠んだ短歌をめぐって
ちゃぼづくしの洒脱な文章はつづく。


ああ、こんな風に文章が書けたら……と思いながら読んだ(これがため息の元)。

が、一方では、メキシコ弁のしみついた脳が「ちゃぼだって、ちゃぼ」と囁いている。


Chavo, chava とは、それぞれ、年若い男、女のこと。
辞書にも 《俗》と書いてあるが、正式な場では使わない砕けたことば。

Es mi chava. と言えば、 「こいつがおれの彼女だよ」という感じか。
Chavo, chavitoと言ったら、「若造」みたいな意味にもなる。

そうだ、「若造」の代わりに
矮鶏と堀江さんの文章に因んで、「ひよっこ」というのはどうだろうか。

2009年11月21日土曜日

フルタ・アキ


色も形も違いはするが、
おんなじ秋に実ったふたり。
並ぶとちょうどいいでしょう。


Fruta Aki  或いは
Kudamono Otoño.

2009年11月20日金曜日

エンコントロン

何かを和西辞書で引いたときに、encontrón という言葉が目に入った。
意味は、「衝突、激突」(小学館和西中辞典)。

スペイン語では、
-
ón(a) という接尾辞は(規模やサイズが大きい)という意味を加える。
-ito(a) (小さい、かわいい などの意味を加える)の逆。

たとえば、salaは部屋、 salónは大広間。


encontrónの元になった名詞は、encuentro(第一義は「出会うこと」)だ。

   (形が違うのは、 encontrar(出会う)は、活用するときに
   o の部分にアクセントが来る場合に ue と音の変化をする動詞だから


つまり、出会い頭にゴツン、ということなんだろう。


出会い頭に… というので、蟻の童謡を思い出した。
ありさんとありさんとごっつんこ、という歌。

夢がないけれど、
出会い頭にぶつかってしまったわけではなくて
ほんとうは情報交換しているんだなあと気がついた。

2009年11月19日木曜日

傾いた空


昨日の夕方、空が斜めに傾いて見えた。

こどもの頃にならった、地球の公転の模式図を思い出す。

地軸は傾いていて、

だから太陽との位置関係が変わることで季節変化が起きる、という図。

それから、これもまたこどものころに、
ブランコを漕ぎながら空を眺めたら、空がまあるく見えたこと。

2009年11月18日水曜日

時の木


世の中にも、
ある季節、ある時刻の日当たり加減でとびぬけて輝くように、
ぱっと
目を引く人がいる。

2009年11月17日火曜日

手のひらを太陽に



日の光を透かして見ると木の葉がきれいなのは、
いのちの流れが見えるからか。

2009年11月13日金曜日

尾ひれ

少し前、大学の食堂でおかしな表現をこぼれ聞いた。
「そしたらさ、話に尾ひれにハヒレがついて…」

たった今、「はひれ」で検索してみたら、
 "「はひれ」とは何でしょうか" という質問がひっかかった。
どうやら、あの男子学生の作り出したことばではなかったらしい。

しかし「ハヒレ」なんていつ出てきたものなのか。

調べてみたら、
「尾ひれ」という言い方についても、勘違いしていた。
尾ひれというのは魚の「尾のひれ」のことだと思っていたが、「尾とひれ」なのだった。

「尾ひれ」 (デジタル大辞泉)
1.魚の尾とひれ。 2.本体以外につけ加わった余分なもの。

話に尾がつき、ひれがつき、
自由に海を泳ぎまわる姿を想像すると、なんだか楽しい。


そういえば、だいぶ前に読んだ翻訳関係の雑誌で、
各分野で活躍している翻訳者たちに 「あなたにとって、翻訳とは?」と問うコーナーがあった。
スペイン語文学の翻訳者である杉山晃先生が、だいたい次のように答えていたのを思い出す。

目の前で泳いでいる金魚を、別の金魚鉢に移しかえて、できる限り生き生きと泳がせること。

2009年11月11日水曜日

牛とワクチン

vaca 牛や hombre hongo キノコ人間の出てくる変な詩がある。
それを解説した文章を読んでいて
ふと、記憶のなかのかけらがぴぴっとつながった。

スペイン語では、Vacaは牛。Vacunaはワクチン。
ワクチンの誕生は、牛と関係があった、というエピソードを読んだことがある。

スペイン語辞書で引けば、
vacuno, vacuna という形容詞の第一義は、「牛に関係する」。

フランス語で牛は Vache だから、ラテン語系なんだろう。

種痘の発見者ジェンナー(イギリス人)について見れば

「牛痘にかかった農婦は痘瘡(天然痘)にはかからないという経験に基づいて
研究を進め、[中略]8歳の男児の腕に牛痘にかかった乳搾りの女の子の
おできの膿を摂取した。

その後[…]この少年に真性天然痘瘡毒を摂取したが
発病はなく、牛痘で痘瘡が予防できることを証明した。

こうして多くの感染症の予防接種の出発点となった種痘法が生れた」
(ブリタニカ国際大百科事典)

…8歳の少年に何かあったら一体どうするつもりだったのだろう、
という気はするけれど。

2009年11月10日火曜日

空の山


ある夕方、山なき空に、ひととき山が現れた。

2009年11月8日日曜日

ゴソ・コン・ゴソ

Gozar con... = ...を楽しむ、味わう。(スペイン語)
一人称単数の活用では、gozo con... ゴソ コン... となる。

Gozo con 語素。


tele-scopio 望遠鏡 (telescope)
micro-scopio 顕微鏡 (microscope)

これは、日本語でも分解できてわかりやすい。
「遠くをのぞむ」 / 「微かなものをあきらかにする」 
「かがみ」=人の姿やものの形を映し見る道具 (デジタル大辞泉)


telé-fono 電話 (telephone)
micró-fono マイク (microphone)

このふたつを望遠鏡方式に日本語にしてみると
「遠話器」、
微音拡大器?採取器? 難しい。 だからカタカナなんだろうか。

拡声器というと、megá-fono メガホンになってしまう。

さて。
tele-patía  テレパシーは、遠くの人に気持ちを伝える、気持ちが伝わることで
sim-patía  シンパシーは、同様な感情を持つこと、共感すること。

場の空気を読め、とかいうのは、
微細な感情の動きを拾う、 micro-patía とでもなるだろうか。

2009年11月7日土曜日

ことばとイメージ

イメージを呼び起こす力がやたらと強いことばがある。
「梅干し」。
うめぼし、と頭の中で発音しただけで、口の中が急に潤う。今もなった。

こどものころ、間違ったイメージ連鎖が起きていたことばがある。
給食の献立表にひらがなで書かれていた「ぶたじる」。
緑、黄色、紺の土星みたいな旗を思い浮かべていた。

久しぶりに目にして、
自分に起こる反応が鮮烈になっていたことばがある。
「シエラネバダ山脈」。

電車で読んでいた本に出てきた「シエラネバダ」の文字を見たら
眼前に わっ と雄大な白い山並みが広がり、清清しい空気が肺に届くよう。

Sierra はスペイン語で、「山脈」
Nevada は、「雪で覆われた」、「万年雪の」。

2009年11月5日木曜日

カーキ

「カーキ色」は、スペイン語でも caqui 。綴りは違うが響きは同じ。
一体何語からきてるのか?と思って電子辞書の一括検索で引いてみたら。

大辞泉によれば
「khaki は土ぼこりの意味で、もとはウルドゥー語」

明鏡国語辞典によれば、
「khakiはもともとヒンディー語で、土ぼこりの意」


だいたい地球のどのあたりから来たかはわかった。
はて、ウルドゥー語とヒンディー語の関係はどうだったか?

ブリタニカ国際大百科事典を見る。

ウルドゥー語が話されている地域は「インドのドアブ地方とその近隣、ならびにパキスタン」。
パキスタンでは公用語にも定められている。

「西ヒンディー語の一種として分類され、系統的にはインドの公用語ヒンディー語と近い」

とても近そうだ。しかし、

「ヒンディー語がサンスクリット語に語彙の多くを負うのに対し、
ウルドゥー語はペルシア語から多くの語を借用している。アラビア文字で書かれる。」

こうなると、ヒンディー語かウルドゥー語かで、だいぶ違う感じがする。

ところで「カーキ」が世界的な市民権を得たのは、場所から考えて、大英帝国の時代のことだろうか。
(カムフラージュ という言葉は、第一次世界大戦のころに広まったらしい)

兵隊の服やヘルメットを連想させるになる前の「カーキ」 つちぼこり という語は
どんなイメージを含んでいたのか、気になる。
しかも、土ぼこりが「茶色」ではなく、緑がかった色だというところも、気になる。

2009年11月4日水曜日

書き間違えるのは

手書きでノートをとっていても、おかしな変換ミスをすることがある。
スペースキーで漢字にするわけでもないのに。

「解毒剤」 という比喩が出てきたときに
わたしの手が書き留めたのは、「解読剤」。

解読と書いて 「げどく」 と読ませる力技をやってのけた。

そんなものがあったらいいなあ、という願望のあらわれなのだろうか。

2009年11月3日火曜日

ことばが気になる一日

国技館を地図で見て、
ふと「ああ、これは相撲館」という意味だな、と思った。
たとえば「雉の保護会」(あるかどうかは調べていない)を「国鳥保護会」というようなものか。

動物園には、動物がいる。
水族館にいるのは、水族?

「馬鹿につける薬はない」というけれど、もしもあれば、それは塗るタイプなんだろうか。

2009年11月2日月曜日

死者を思う日

11月2日は死者の日。

去年はメキシコで、花と家族で賑わうお墓に同伴したのだった。
お墓を囲んでピクニックをしている家族もあった。
穏やかに賑やかな、暖かいお墓参り風景だった。

その前の年の9月にはテネリフェ島で、
垂直に並んだ、色とりどりの花できれいに飾られた墓石の数々を見た。
特に何かのお祭りがあったのかどうかは、わからなかった。

現地に生まれ育ったアドは、
「死」はできれば近づきたくないもので、
墓地に足を踏み入れたことすらほとんどないと言っていた。

確かに、「死」には、できれば近づきたくない。
でも、「死」と「死者」は違う。

「死を思え」ということばがあるが、

漠然とした「死」ではなく、
この世に生きて、その生を終えた人たちのことを、思い出す夜にしよう。



Tenerife, 2007, foto por Yukie Monnai

2009年10月29日木曜日

自動車修理工場の秋

近所に、大きな庭を持った大きなお屋敷があり、
そのすぐ近くに小さな自動車修理工場がある。

今日の帰り道。
白髪のエンジニアが工場というか工房というか、
コンクリートの床を竹箒で掃いていた。

シャッターを下ろす前に、隣の庭から舞い込んで来る落ち葉を掃く、
これがきっと、秋の習慣となっているのだろう。

夏は蚊取り線香を焚いて車を修理するのか。
春には桜の花びらが舞ってくるのか。
冬は地面も車体も部品も工具も、キンと冷たくなるのだろう。

2009年10月28日水曜日

近所の秋

実より先に真っ赤になって地面に着いた柿の葉


家の近所には意外にたくさん畑が残っている。
野菜畑に果樹畑。

木の枝に、見慣れないごつごつした実が見えて、
なんだ?と思ったら花梨の実。

「かりんかー」と頭の中でつぶやいたら、
即座にスラヴ的なメロディーが響きだした。

カカリンカカヤ、といくらか勇ましく歩いていたら、
畑と雑木林だったはずの大きな一区画が がらん と広がって、
切り株がさびしく並んでいる。

腰に手を当てて遠巻きに眺めているおばあさんに声をかけてみた。

「お母さんとお父さんが亡くなったからねえ、
息子さんは歯医者でしょう? だから畑やってないし、
贈与税がほら、高いからねえ。財産があるのも、大変だよねえ。」

枯葉をかさかさ踏みながら歩いていて、思った。
命を終えて落ちた葉なのに、なんでこんなにいい香りがするんだろう。

2009年10月26日月曜日

店とはディスプレイである

ブレーズ・サンドラールの詩を引用したジャン・コクトーの文章の堀口大學訳に
「見世びらき」という文字を見たら、辞書をひかずにはいられなかった。

みせ(店/見世)
(デジタル大辞泉)
《「見せ棚」の略から》
1.商品を陳列して売る場所。商店。たな。

やっぱり。

店を「畳む」とか「広げる」とかいうのも、
「棚」というところから来ていそうだ。

頭のなかは、すっかり江戸時代。
サンドラールとはだいぶ遠くなってしまった。

2009年10月25日日曜日

漢字の続き

明朝体の「真実」は、裏返したらやはりちょっと歪むのだった。

多和田さんの本の続きで、今日読み進んだ部分には
「門」 に始まり、 「共」 「未」 「幸」 「薬」 「量」 などを裏返した
ほぼ元通りだがちょっと歪んだ漢字が続々出てきた。ほぼ左右対称な漢字たち。

ぱっと見て、裏返しでも一番違和感がなかったのは、 「囚」。

ところで、対称ではない漢字で
鏡文字になっていることで、より象形文字的に見えたのは、「競」 。
膝が鋭角に曲がっている方が、先を走っているように見える。

2009年10月24日土曜日

「真実」

多和田葉子さんの『ボルドーの義兄』(講談社、2009)を読んでいる。

フラグメント毎に、その断章のエッセンスをあらわす
一文字の漢字が、鏡文字にして書かれている。

その記憶が頭に残っていたからか。

まったく関係ないことをしているときに、ふと
「真実」という漢字が左右対象であることに気づいた。(「はね」や「はらい」は抜きにして)


真実は、裏から見てもまた真実。


本はまだ56ページ。今のところ、左右対称の漢字は出てきていない。

2009年10月23日金曜日

三つの枕

Oreiller, フランス語の「枕」には Oreille 「耳」 が入っている。
仰向けでなく、横に眠るのが一般的だったんだろうか?

Almohada, スペイン語の「枕」は al ではじまるアラビア語起源。
ムスリムがやってくる前のスペインでは、どんな枕を使っていたのか。
アラビアの枕が、革新的にすばらしいもので、名前が残ったんだろうか?

枕。「話の枕」というのは、どういうことかな、と思ったら
「枕木」という場合の「枕」の意味を見て、なるほど。
「長いものを横たえるとき、下に置いてその支えとするもの」(デジタル大辞泉)

2009年10月21日水曜日

悪夢のなかの「猫たちの鋭い鉤爪に引き裂かれてはたいへん…」
というのをスペイン語で書こうとしたら、

鉤爪は garra
引き裂くは desgarrar

引き裂くという動詞のなかに、すでに鉤爪が入っている!
garra garra とたどたどしい文章になってしまうのでやめた。

逆に。
以前スペイン語の歌詞を日本語訳したとき、
「爪で爪弾く」じゃいかんな、と思ったことがあった。
スペイン語の爪弾く puntear には
punto はあっても、爪 uña はないのだった。

こういうずれが、面白い。

 

ものと名前の出会う頃に

公園のお堀を通りかかったとき、向こうから
若いおかあさんと、3さい弱くらいの女の子が歩いてきた。


女の子   「かめ、いるかなあ?」

おかあさん 「え、かめ?」

女の子   「かめって、わかる?」

2009年10月19日月曜日

からだ

「体」の旧漢字はよくできている。

骨格があり、そのまわりに肉がついて、「體」。

スペイン語でも、「生身の」という表現は
"de carne y hueso" (肉と骨の) という。

Soy de carne y hueso. 「私は生身の人間だ」

ヒトがいくらあれこれ考えたり作ったり壊したり売ったり買ったり喋ったり書いたりしても、
垣根をくぐる猫や電線にとまる鳥と同じように、
基本はcarne y huesoでできている。

2009年10月18日日曜日

Intento en otro blog "Literatura para niños, para todos"

En el blog "Literatura para niños, para todos",
Edu y yo comenzamos un intento de colabo-creación.

"Literatura para niños, para todos"のブログで
エドゥと共同の創作実験を始めました。更新は不定期。

2009年10月17日土曜日

立体化

1920年代から40年代にかけて活躍したメキシコ詩人
ハビエル・ビジャウルティアについて、ここ数年のあいだ調べ続け読み続け、

ここ数日、同じ時期の日本の詩人たちのことを知りだしたら
これがとても面白い。

明治に入ってから西洋化の波が押し寄せた日本の場合と、
コルテス以降、スペイン語世界に入り、キリスト教が入り、
そして西洋の伝統が「教養」の基礎となったメキシコの場合と。

20世紀のスペインがヨーロッパの中で文化の中心ではなかったことは、
日本とメキシコを、どこか似た状況に置くことにつながったように思える。

メインストリームからは海を隔てたところにあったことでも、どちらも同じ。


ただし、
「西洋文化」の根の深さでは、まったく違う。言語的にも。
日本文化の規範においては長い間、中国という別の権威があったことも、大きく違う。

 (現在でも、日本では中学高校の「国語」の時間に日本の古典と漢文を読むように
 メキシコでは、ギリシャ・ローマの古典が教えられる。おそらく、他のラテンアメリカ諸国でも)


「伝統」を探すときの仕方も違う。
ただし、どちらの国も難しい。いったいどの時点にルーツを求めるのか。

二度の大戦へのかかわり方、
世界全体において自国をどう位置づけていたか、
どのような戦略を取ったか、ということも違う。

それでも、
メキシコで

近代詩成立の鍵を握る雑誌『コンテンポラーネオス』が出たのが、
1928-1931年。

日本で、近代詩史上重要な雑誌『詩と詩論』が出たのが、
まさにちょうど同じ時期。

まだ「面白そうだ」という予感の段階に過ぎないけれど、
少しずつ、視野が立体的になっていきそう。

2009年10月15日木曜日

五感 + する

「てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた」で有名な、安西冬衛の詩から

「木の椅子に膝を組んで銃口を鼻にする。蒼い脳髄で嗅ぐ硝煙の匂が、私を内部立体の世界へ導いた。」

       (大岡信編、『集成・昭和の詩』、小学館、1995年より)

という一節の「鼻にする」を読んで、硝煙の匂いを嗅いだような気分になった。

目にする。
耳にする。
手にする。
口にする。

「口にする」には、
口の中に入れる意も、言葉を口にのぼらせる意もあることを
改めて意識する。

2009年10月14日水曜日

幸恵さんの新作

画家・門内幸恵さんの作品紹介のページに大幅な更新を発見。

http://yukie-monnai.blogspot.com/

びくり首

ぴきっ という感触、いやな予感。
これも寝違えというのだろうか、起き上がるまさにその瞬間に
情けないほど派手に首の筋を違えた。

ほぼ丸二日間、冗談のように首がまわらなかった。
別の方向を見るためには、
目だけをギョロ と動かすか、体ごと向きを変えるか。


「家庭医学大全」をめくったら「50肩」の項が目に入った。

「(前略)

帯を結んだり、髪を結ったりする動作のときに痛みを感じ

(後略) 」


刊行は昭和61年。当時の40代、50代は和装が主流だった???

2009年10月8日木曜日

秋の実



鳥が来ては、秋の実をついばんでいく。

2009年10月6日火曜日

かりんとう

小学生の女の子ふたりぐみとすれ違った。
元気にしりとりをしている。

「まり」 「り、りす」 「す、す、すずめ」 「めだか」 「かりんとう」

かりんとう。
急にじわりと甘みが広がる。
ことばは不思議だ。


刺激されて、夜にノートを開いてみた。
動詞、形容詞、助詞も使っていいという勝手なルールを決める。

月 きしむ 無人の 野原 …

(中略)

手紙を 送る 留守がちな 泣き虫…

(中略)

手習い 居残り 理屈は 忘れ…

(中略)

目頭 らくらく くらくら 羅針盤

2009年10月5日月曜日

「だが」

小野正嗣さんの小説『線路と川と母のまじわるところ』を読んでいたら
日本語と「外国語」の往来というモチーフがたくさん出てくるものだから
ことばそれ自体が気になってしょうがない。
 
 (不満なのではなく、それも面白く、もちろん作品自体が面白い)


女性の主人公-語り手が「けれど」を使っている部分で
以前、ほかの翻訳された文章を読んで
女性の語り手が「だが」というのが、鋭く、強すぎると感じたことがあったのを思い出した。


だが。 Daga.

スペイン語のDagaは、諸刃の短剣を意味する。

Daga, とフレーズを鋭く分断する感じが、それも至近距離で行う感じが、
なんだか通じている。

2009年10月3日土曜日

「神々の謡」を観た

「神々の謡」を観に行ってきた。
すばらしかった。

主人公の知里幸恵さんの役のほかに、
おばあさん、こども、おくさん、おじさん、フクロウのカムイなど
実にたくさんの登場人物がでてくる。

一人芝居だというのに、
役者の舞華さんは、声色と表情と仕草を巧みに変えてくるくる変身し、
舞台上は大勢の役者でにぎわっているようだった。見事。

アイヌと倭人の問題、差別の問題、宗教と信仰の問題、学問という名の暴力、偽善、
いろいろな難しいテーマと真正面から取り組んでいる。

そのどれに対しても、
安易な価値判断を下さずに
劇中では一応の解決をつけながら
観客それぞれの胸に課題として残してくれるのがいい。

幸恵さんに縁のある地を何度も訪れ、アイヌの文化を教えてもらい、
アイヌの人たちに台本を見てもらうこともしたという。
自分が演じる世界に対して最大の敬意を払っていることに、感銘を受けた。


まだ明日、日曜日も二回公演がある。
  ↓
劇団のページ
http://mukashi-omocha.net/

2009年10月2日金曜日

「神々の謡」、10月1日から4日まで笹塚にて

世の中の人がそれぞれに紡ぐ糸は、どこかでふと交差して
その隠れた道筋に、気づくことがある。


 "アイヌ民族の口伝えの神謡を記録するために
 「アイヌ神謡集」を残し、19歳という若さで命を閉じた
 知里幸恵。その生涯を、劇団「ムカシ玩具」の女優・舞香さんが
 舞台化し、1日から一人芝居で公演する。” 
          (朝日新聞、むさしの版、10月1日朝刊より)


知里幸恵さんのことを知ったのは、
2007年の7月、札幌で、
「アフンルパル通信」の刊行を記念した集まりにお邪魔したとき。

編者である吉成さんのご友人の千恵さんが、
その日に手にしたばかりだった、知里幸恵さんの生涯を綴った本を
会ったばかりの私にプレゼントしてくれた。

先日、「津田信吾さんへの絵葉書」の集まりで、千恵さんにばったり再会した。
旅行中だった彼女は、旅程を変更して、そこに駆けつけていた。


劇を見に行けるか。行きたい。



劇団のページ
http://mukashi-omocha.net/

劇場のページ。新宿から一駅、笹塚駅すぐにある。
http://www.kyowakoku.net/index.htm

2009年9月27日日曜日

本に関わる人たち(津田新吾さんへの絵葉書)

土曜日のこと。

編集者として文芸書・人文書の出版に携わり、7月に逝去された津田新吾さんという方の
仕事と人柄を偲ぶ会に、行った。

管啓次郎先生のブログで紹介されていた集まり。(るみちゃん、ありがとう)
http://monpaysnatal.blogspot.com/2009/09/blog-post_08.html

故人にお会いしたことはなかったのだが、
 著作家、翻訳家、編集者、書店員、写真家、詩人、小説家、読者
さまざまな仕方で本に関わっている人たちのお話を聞き、
そして、会場に並べられた何冊もの本や雑誌を見ているだけで、
どれほど魅力的な方だったのか、じわじわ伝わってくる。


書き手と読み手の間を仲介する編集者としての、文章に対する真摯な姿勢は、
札幌から『アフンルパル通信』を発行している吉成秀夫さんに通じるところがあると思った。

胸躍らせながら図書館に行き、
平たかった布袋をゴツゴツ膨らませて家を目指した、
小さいころの「本」に対する特別な感覚を思い出した。

本は忙しく消費される「商品」でもなければ、単なる「資料」でもない。


本には、いくつもの「誕生」の瞬間があると思う。

着想のとき。
書きあげたとき。
刷りあがったとき。
書店に並んだとき。
誰かが手にしたとき。
誰かが読み始めたとき。
誰かが読み終わったとき。

2009年9月25日金曜日

経典、聖典、説教の意味

昨日の朝日新聞のオピニオン欄で、
お経を日本語訳で読む試みをしている、という住職のことを知った。

年配の方や、また僧侶の間には抵抗感や反発が強く、
若い人たちは逆に関心を持ってくれる、とのこと。

意味のわかる言葉でお経が読まれている情景を想像すると
少し不思議な感じもするが、聞いてみたい。

メキシコで間借りをしていた家の家族が、イスラム教徒だった(とても珍しい)。
一度、家主のセシリアに頼んで礼拝に連れて行ってもらったが
説教は、1)アラビア語 2)スペイン語 3)英語 の順に、三ヶ国語で行われていた。

モスクを訪れる人の大部分は、スペイン語を母語としている。
アラビア語の勉強会もやっていると聞いたが、アラビア語がわからなくても大丈夫。
さらに英語は、他国から訪れた短期滞在者のためにもあるのだという。

2009年9月24日木曜日

猫は知っている

元は駅前で果物屋をやっていた、働き者のおかみさん。
区画整理でお店がなくなってからは、マンションの管理人をやっているようだ。

通りかかるたび、いつもマンションのごみ捨て場で働いている。
ゴム手袋をはめて、丁寧に分別をし、プラスチックごみは水で洗ってきれいにしている。
60代ぐらいだろうか、腰はもうすっかり曲がっている。

口を出す筋合いはまったくないけれど、
マンションに住んでいる人たちは、おかみさんがどんなに手をかけているのか
一度見てみればゴミの出し方も変わるだろうに、と思ったことが何度もある。

何ごとも厭わない、その丁寧な仕事ぶりをいつも見ている「ひと」がいる。
「ひと」と言っても、人間ではない。
黒白の猫。


ダンボールに座布団をしいた特等席をもらい、
黒白はいつでもおかみさんのそばに丸くなって付き添っている。

先日、おかみさんに「ありがとうございます」と声をかけている人がいた。
おかみさんは、ハキハキした声で「こちらこそ!」
座布団の上の黒白が、片目をちらりと開けた、ような気がした。

秋は赤

秋の色は、赤。

 赤とんぼ、ハナミズキ、彼岸花、紅葉…

 夏の野菜が体を冷ましたり、
 冬の野菜が体を温めたり、
 秋の色が、暖かさを感じさせる色だったり、
 自然と生き物の体の関係は面白い。



人間以外でも、色が見える動物には、
暖色・寒色という感覚を持っているものがいるのだろうか?

2009年9月22日火曜日

営業開始

グルノーブル以来の大切な友人SOLENEが起業を準備していた会社が
ついにオープンした。

花や植物の図柄の和小物をフランス向けに売る、
オンラインショップ 「ハナクレア」。

http://www.dujaponetdesfleurs.fr

今年五月には、京都や東京で自らあちこちのお店を探して回り、
仕入先を見つけ、交渉をしていた。

大切な見本をたくさん見せてくれたが、
中でも、六本木ヒルズで偶然出会ったという
京都のseisuke 88 というお店がとても素敵。

蔵から出てきた帯の文様を現代風に生き返らせて、
バッグ、小物、クッションカバー、ベッドカバーなどに使っている。
色使いも、物自体のデザインも、とてもいい。

ハナクレアのページには、
日本の小物について、文様などについての
SOLENEのブログもある。
9月15日のテーマは二つ、「あぶらとり紙」と「唐草模様」。
(すべてフランス語)

2009年9月21日月曜日

逆境とユーモア

El Salvador 生まれの作家、
Horacio Castellanos Moya氏と話をする機会があり、

話の端々に、ユーモアが織り込まれるので、
あることを思い出して、聞いてみた。

そのユーモアは、どこで培われたものなんですか。
家族?それとも、育った国に特有のもの?

それは、国だろうね。
との答え。

どうして、そういう文化があるのだと思いますか。

きっと、大変な出来事が多かったから。
状況が厳しくなればなるほど、笑い飛ばすのがうまくなったものだよ。

やっぱりそうなのか、と思った。

アルゼンチンの軍政時代に家族や友人を亡くした
詩人のJuan Gelman氏の講演を聞いたときのこと。

思い出すのも辛いであろう時代のことを質問されたとき、
詩人は、ユーモアで、スマートに切り返していた。

笑いの奥に垣間見えるものは、悲しさ、辛さ、
そして、それを乗り越えた、逞しさ。

2009年9月20日日曜日

省エネ生活。バイクタクシーはどうか?

最近、「省エネ」ということばより「エコ」ということばが使われるが
消費エネルギーの節約、という部分を忘れないに越したことはない。

Co2増が温暖化の原因でないという説があるにせよ、
化石燃料が遠くない将来に枯渇するだろう、ということは変わらない。

「開発途上国等の技術者・管理者を対象に
国内外での研修を通じて技術協力を推進する研修専門機関」
であるAOTSに長年お勤めだった小林さんは、
千葉県で、月の電気代1000円の生活をしているそうだ。

昨日は新橋での会合に、流山から自転車でいらっしゃった。

敬服する一方で、
真似するのは難しい、けれど、、、と考えながら
ふたつのことを思った。

ひとつは、自転車道と駐輪場の整備を進めてほしい、ということ。

もうひとつは、まだ実現には遠そうなことだが、アイディアの種。

車が走行する際に、一人乗っていようと四人乗っていようと
あまり燃料の消費が変わらないのだとすれば
 (これは、確認が必要)
一人だけ、二人だけで乗るのはもったいない。

家庭用の乗用車の場合もそうだが
タクシーの場合も然り。

駅のタクシー乗り場を思い出すと、
一人で乗る人は、結構多い。

とすれば、バイクタクシーは、どうだろう?
渋滞をすり抜けられる(かもしれない)という利点もある。

誰かがすでに考えたことがあるに違いない、と思って検索したら
バイクタクシーの営業が可能かどうか、
というQ & A のやり取りを見つけた。雨天のことも考えてある。
 ↓

http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa3607370.html

ブラジルでは、この夏に認可が下りたらしい。

安全面がクリアできれば、
これもよさそうだと思うのだが、どうだろうか?

2009年9月18日金曜日

しからば

男子高校生たちが、別れ際に「じゃあねー」と言っていた。

ご近所の小学低学年の男の子も、最近は「じゃあねー」。
ちょっと前までは、同じ子が「バイバーイ」と言っていたのに。
バイバイは気恥ずかしいんだろうか?

じゃあね、とか、それじゃ、とか、
それでは失礼します、という別れの文句は、使いやすい。

さようなら、は、親しい相手には使わないし
(古いシルエットのロングスカートをはいているような気分になりそうだ)

目上の人に対しても、案外使いにくい。(高校生ぐらいまでは、自然に使っていた気がする)

ふと考えてみたら、
「さようなら」も「じゃあね」、も、そして、使わないけれど「さらば」も
意味としては「然らば、失礼仕る」ということなのだから、同じことだ。

けれど、語感はだいぶ違う。
たとえば、「武器よさようなら」では、気が抜ける。

2009年9月17日木曜日

車道の色どり

初夏のこと。フランスから初めて日本に旅行に来たトマに、
「日本にはどうして、白い車が多いの?」
と聞かれた。

え、白い車が多い?

そのときはピンと来なかったものの、夏の終わりに成田からバスに乗ったときに
そういえば、と思い出して見てみたら、確かに白い車がたくさん走っていた。
(白の他に、メタリックのグレーのような色も多い。

あまり車に興味があるほうではないが
おぼろげな記憶を辿ってみれば、
メキシコではあまり真っ白な車を見なかったように思う。

白は汚れやすそうなのに、何故人気なんだろうか?

ノルウェーのある港町では、赤い車が多かった。
霧がかかったり、薄暗い曇り空だったりということが多いので
鮮やかな方がいいから、ということらしい。
これはわかりやすい。

日本の(あるいは東京付近の)白は?

2009年9月16日水曜日

知ることと、耳や目にとまること

外国語の単語をひとつ新しく覚えたら
その言葉が急にたくさん耳に飛び込んできた!
という経験が何度もある。

自分が覚えたときに、
たまたまその言葉が発せられる場面に居合わせた、ということではなくて、
それまではキャッチできずに聞き流し、見過ごしていたその言葉を
拾えるようになった、ということなのだろう。

似たようなこと。

マークトゥエインの本に出ていたジョークで「サルサパリラ」という飲み物の名前を知った途端に
秋葉原にある飲食店の広告パンフレットで、サルサパリラが取り上げられているのを見つけた。

もうひとつ。

新聞の片隅でスリランカフェスティバルの広告を見た数日後のこと、
日曜夜の井の頭線で、
あちこちの世界を知っていそうな、かつ風通しのよさそうな50代くらいのご夫婦が、
日本スリランカ交友会の会報を広げているのを見かけた。


ちなみにマークトゥエインのサルサパリラのくだりは
--------------------------------
ライス博士の友人は酒に酔って帰ってくると、そのわけを妻に話した。
すると細君、
「ねえあなた、そんなにウイスキーをお飲みになったときは、
サルサパリラをご注文なさるといいんですわ」
「そう、そのとおりだよ。でもね、あんなにウイスキーを飲んだときにはね、
サルサパリラが言えないんだよ」
-------------------------------

マークトゥエイン、『ちょっと面白い話』、大久保博編・訳、新潮文庫、1980年。

2009年9月15日火曜日

今ごろメキシコでは

メキシコは、きっと町中が国旗だらけだろう。

9月16日の独立記念日に向けて、8月末ぐらいから、
あちこちに国旗カラーや国旗グッズが目立つようになる。
当日は、ほっぺたに国旗ペイントをするスタンドが立ったりもする。

最初にメキシコ暮らしをしたとき、
こんなに国中が国旗があふれるなんて、と
ドイツ人のアンナと、日本人の私は驚いたものだった。

ドイツでも、ナショナリズム的な感情をこんな風に表現することには
やはり抵抗がある、とアンナは言っていた。

メキシコの公立の小中学校では、
毎週、国旗掲揚があって、成績優秀な生徒が旗手となるらしい。

国旗をパロディー化した図案をつくったり、国歌の替え歌をつくったりすれば
厳罰に処されるらしい。

という話を聞くと、ちょっとすごい…と思ったものだが、
留学生として暮らした限りにおいては
国旗の扱いにしても、メヒコ!という叫びにしても、
家族を大切にするのと同じくらい自然な、
そんな種類の「祖国愛」の表現のように感じられた。

メキシコ国歌は、夜にラジオをよく聴いていた私にとっては
深夜零時を知らせるメロディーになってしまっている。


2009年9月14日月曜日

『意志の勝利』 (1934年、ドイツ映画)

写真家の藤部明子さんに薦めていただいた『意志の勝利』を見た。
1934年、ナチスが製作したプロパガンダ映画だ。

先の世界大戦から20年、復興から19ヶ月、
というメッセージから始まり、
 (第一次大戦での敗北が
 ドイツファシズムが成立した大きな要因だったのだろう、と改めて思う)

党大会のために古都ニュルンベルクに赴くヒトラーと
軍の行進に対する大歓迎の様子が長々と映し出される。
 (美しい町にはためく鉤十字が空恐ろしい。
  特に、清清しい朝の景色。)


集まった人々の中でも、こどもたちの笑顔の映像がしばしば挟まれ、
豊作を祝う民族衣装の「農民」たちの行進もあり、
警護を越えて行進に近づいてしまった親子に、笑顔で握手をする「総統」の姿が映され、
あの手この手のイメージ戦略が盛り込まれている。

野営地の男性たち、若者たち、少年たちは
たくましく、そして和気あいあいとしていて、水にも食事にも困らない
という様子が描かれる。

勇ましい音楽の伴奏と行進が続き、食傷気味になってくるが
構図や光と影をうまく使って映し出された一糸乱れぬ足並みを
一瞬「きれい」と感じてしまった。

2時間近い映画は、党大会の閉会演説で締めくくられるが、
ヒトラーは意外なことに原稿を見ながらしゃべっている。
人の心理を操るのは、むしろ、内容なのだろう。

年配の人たちの中には党に懐疑的な人もいるかもしれないが、
若者はみな、完全に党に身も心も捧げているのだ、と言って
未来に向かう者は支持すべきなのだ、という気にさせる。

駆け出しのころは批判され弾圧されてきたという党の歴史に敢えて触れ、
ようやく皆に認められ、期待されるようになったのだと言って
「意志の勝利」をアピールする。

さらに恐ろしかったのは、
弾圧されたからこそ、その過程で、党に不要な人物は振り落とされていった、
これからも、不要な者は排除していくべきだ、と叫び
そこで会場が大きく沸いたこと。

異質な存在を見つけ、あるいはそれを作り出し、
そのことによって結束を強めるというやり方は、
悲しいことに、いつの世のどこの世界でも、多かれ少なかれ起きていることだと思う。
ヒトラーは、まずそれを「党」の中でも行っていたのだ。


それにしても、
一人の人間があれほど多くの人を熱狂させ、動かすことができるとは…
(もちろん、彼一人の行ったことではなく、多くの頭脳が関わっているのだが
 「中心」は、一人だ)

この映画が、全体主義の恐ろしさを描こうとしたフィクションではなく、
人を熱狂に巻き込もうという目的で作られた「ほんもの」であることが
どうも信じられないような気がした。

そこに映っている人たちは、本当に存在した人たちなのだ。

新たな指導者に期待をかけ、大勢の人たちと一緒に片腕をぴんと上げながらも、
それでも、一人ひとりが、それぞれ何かを感じ、何かを考えていたはず。
それは、何にかき消されてしまったのか。

ひとを呑み込んで、「渦」のようなものの一部にしてしまう、得体の知れない力。
巻き込まれてしまえば、自ら、渦を動かす力に加わることになる。

1934年。
はるか以前のことのように考えていたが、実はそう昔のことではない。

映画は、渋谷のNシアター(旧ユーロスペース)で上映されている。
劇場のページで確認できる限りでは、10月2日までやっているもよう。

2009年9月12日土曜日

9月のメキシコ料理


9月16日の独立記念日にあわせて登場するのは、
Chiles en Nogada (チレス・エン・ノガーダ)。

日本語にしたら、
肉詰め唐辛子のクルミソース、といったところだろうか。

緑、白、赤に、蛇をくわえた鷲がサボテンにとまった図がメキシコ国旗だが
この料理には旗の三色が使われている。
現在の国旗ができたころに考案された料理だとか。

緑は唐辛子、(コティさんの料理では、ふんだんにのせたパセリの緑も鮮やか)
白はクルミをすりつぶしたソース、
赤は、ざくろの実。

詰める中身も凝っていて、
ひき肉に、細かく刻んだアーモンド、干し杏や干し葡萄などのドライフルーツが混ざっている。

フリーダ・カーロととディエゴ・リベラが結婚パーティーをしたというお店よりも
Chile en Nogadaで有名というサント・ドミンゴ教会近くのお店よりも
コティさんが作ってくれたこれが最高に美味しかった。

ポイントは、
衣をつけて揚げる capeado というやり方でなく素焼きなので、さっぱりしていること。
ゆで卵が入っていないので、味がぼけないこと。
果物が適量で、甘すぎないこと。

ピーマンでやっても美味しそう。

2009年9月10日木曜日

12家族、毎月の暮らし

メキシコの新聞El Universal 紙の長期特集をエドゥが教えてくれた。
さまざまな職業に従事する12家族の協力を得て、
この経済危機をどう暮らしているのか、
出費のリストを添えて毎月レポートするというもの。

http://www.eluniversal.com.mx/graficos/00coberturas/crisis/index.html

出費のリストに出てくる単語は
gasto en alimentos 食費
gasto en vivienda 住居
gasto en ropa 服飾
diversión 娯楽

comidas fuera de casa 外食
gasto en médico 医療費
ahorro 貯蓄

職種は
campo 農業
maquila 工場労働
construcción 建設業
minería 鉱業
turismo 観光業
ambulante 屋台
franquicia フランチャイズ
transporte タクシー
bar バー
siquiatría 精神科医
burócrata 役人


現在、1ペソは8円弱くらいを変動中。

2009年9月5日土曜日

息を呑み、血がめぐる

金曜日。
矢野顕子・上原ひろみの競演は
もともと大きかった期待をさらに超える大満足だった。

ピアノを愛し、音楽の女神と交信する二人の奇跡的な出会い。

矢野さんの伸びやかな歌声に深い和音、
シャープで自由に奔放にスリリングに突き進んでいくひろみさんの白鍵黒鍵に
目を見張り、息を呑み、そして体中の血がざわざわ駆け巡っていくようにも感じる。

ひろみさんは
湧き出し溢れ出る音楽を、確かな技術で受け止めている。
この上なく、かっこいい。

2009年9月3日木曜日

墨版シャンゼリゼにて

もう一週間前になる。

メキシコ滞在の最終日、
メヒコのシャンゼリゼ、レフォルマ通りに連れて行ってもらった。


さまざまに変身した豹や鯨やサイや鷲やカメやパンダが
広々とした歩道をかざっている。

眼に覆われた豹に




都会的なサイ


















五秒前の姿が見たかった鯨

2009年8月13日木曜日

緑の勝利

昨日、メキシコ対アメリカのサッカーの試合があった。

領土の多くを奪われた歴史や、不平等な貿易関係、移民労働者の問題など
さまざまな理由によって、
メキシコでは強い反米感情を持っているひとが少なくない。

アメリカ代表チームは、
宿舎から競技場まで厳重な警護体制のもとで移動したそうだ。
競技場の内外も警官だらけ。

試合開始は午後3時。
メキシコ市では昼食の時間に当たる。
こうした対戦の試合を夜にしないのは、危険回避の一策らしい。

試合が始まってからしばらくして、
近所に「ゴーール…」の声がぽつんと響く。 
アメリカの先制。

またしばらくして、
「ゴーーーーーーーーーーーーーーール!!!!」に拍手。
今度はメキシコが同点ゴール。

さらにしばらくして、
「ゴーオオオオオオオオオオオオオオオオオル!!!!!!!!」拍手拍手拍手
メキシコがついにリード。

さらにしばらくして、ただ拍手だけが響いた。
メキシコの勝利で試合終了。

試合を見ていなくても、なんとなく予想はつくのが面白い。

夕方、付き添いで病院に行ったら、受付の男性も
メキシコチームの緑シャツを着ていた。

2009年8月10日月曜日

呼びかけることば

スペイン語は、呼びかけることばがとても豊富。

自分が使う日本語では、
知っている人ならば名前で呼ぶし、
知らない人に声をかけるときには
つまり食べ物屋やお店で店員さんを呼ぶときや
落し物をした人に呼びかけるとき、
「あの…」とか、「すみません」ぐらいしか思いつかない。

(メキシコの)スペイン語の場合

セニョール(男性に向かって)
セニョーラ(女性に向かって)
セニョリータ(建前としては、未婚女性に向かって。レストランなどでは、 
 かなりの貫禄のあるおばさんに対しても、セニョリータと呼びかけていたりする。
 お世辞の一種なんだろうか)

は基本だが状況によっては、

男性に対して
ヘフェ(Jefe) →ことばそのものの意味としてはボス、上司 
          日本語だったら、そのままの意味でない「社長」のような言い方に当たる?
          ただし、こびたような感じはまったくない
カンペオン(Campeón)→チャンピオン

女性に対しては
リンダ(Linda)→かわいい女性、きれいな女性
グアパ(Guapa)→美人
レイナ(Reina)→女王

この辺りは、友達や家族の間でも使われれば
食料品店の店主が客に対する受け答えで使っていたりもする。


恋人同士、夫婦、あるいは親から子に対して
ミ・アモール(Mi amor)→英語にすれば、My love
ミ・ビーダ(Mi vida)→My life
ミ・コラソン(Mi corazón)→My heart

などもある。

どこかのお店のおばさんにMi corazónと初めて言われたときは
びっくりしたが、他人と知人の境目がゆるい、この国ならではのことなのだろう。

2009年8月9日日曜日

123456789

8月7日の午前中のこと。

エドゥアルドから、
「123456789」が起こるよ!とのメッセージが届いた。

12h34m 56s、del día 7 de agosto de 2009.

年月日が日本語の場合とはさかさまになっているからこその
数字の列。


おかしいのは「123456789」の1秒後には、
桁違いな繰り上がりみたいな何かが起こる代わりに
123457789 という、悔しいハズレくじみたいな数字になること。

2009年8月7日金曜日

書くこと、書く道具、考えること

中学の先生だったか、それとも浪人時代の予備校の先生だったか
何かを考えたり書いたりするときに、頭の準備体操として
尊敬する著作家の書いた明晰な文章を、書き写すようにしているのだと聞いた。

書くことと、頭の働きは、たしかに連動していると思う。

鉛筆で、ペンで、キーボードで書くことは
それぞれに違う作用を起こすようにも思う。

以前、UNAMの図書館でオクタビオ・パスの散文を書き写しながら
知性と自信に満ちた著作家に一瞬のり移られたような不思議な気分を味わったことがある。
あれがキーボード上だったら、同じことは起きただろうか?


そういえばフランスの大学では、テストの提出用紙はペンで書くのが条件で

鉛筆で書いたものは採点すらしてもらえないということになっていた。

時間をうまく配分し、鉛筆で構想と下書きをして、ペンで清書。

口頭で議論や発表をするときに「書き直し」はきかないのと同じように
書くときも、下準備をした上で、本番は一発勝負ということなのか。

パソコンでは、書き直しも、順序の入れ替えも、簡単、自由自在。
推敲に推敲を重ねられる利点もあるけれど、
時間内に、やり直しのきかないペンで書き上げなければというあの緊張感が
いま、自分に欠けていると感じる。

2009年8月4日火曜日

足がかり

2009年7月21日火曜日

1928年

1928年には色々なことが起きている。

アンドレ・ブルトン『シュルレアリスムと絵画』、『ナジャ』出版
ジャン・コクトーのGiorgio de Chirico 論『世俗な神秘』出版
モーリス・ラヴェル『ボレロ』初演

この辺りの年表をつくっていて、
ふと ウィキペディアで「1928」を調べてみた。

日本語のページを見れば、

コカコーラがヨーロッパに輸出されたこと、
1月に相撲のラジオ放送が始まったこと、
7月にイギリスの女性参政権を認める法が施行されたこと、
9月にペニシリンが発明されたこと、
10月に蒋介石が国家主席になったこと、

など。

時代感覚のずれが不思議


そして、ウィキペディアの各国版の違いも面白い。
日本語版は、出来事の後に、この年に生まれた著名人のリストがあり、
スペイン語版は、何日という日付まできっちり書き込んだ上で、すべてが時系列順に並べられており、
フランス語版は、アフリカ、アメリカ、アジア、ヨーロッパと出来事が地域別に区分されている。

ナワトル語版は、たった一行。何が書いてあるのかわからないのが残念。

2009年7月17日金曜日

メキシコ20世紀絵画展(世田谷美術館、8月30日まで)

先週末、世田谷美術館で開催されているメキシコ20世紀絵画展を見に行った。

メキシコの国立美術館で見たことのある絵もあったけれど、
なかなか普通では見られない作品も来ている。

展示は、

第一章:文明の受容 (歴史的事件、当事者; 愛国心の寓意)
第二章:文化の発信 (国内向け;国外向け)
第三章:進歩 (社会的側面;美的・様式的側面)

と三つのセクションに分かれている。

同じ作者の作品が複数のセクションに分かれていることもある。
気になった作者や作品があれば、
全部見終わってから、部屋を出る前にちょっとさかのぼって
入り口でもらうリストを頼りにしながら、その人の作風の変遷を見てみるのも面白い。

それから、ちょうどこの時代のことを調べていることもあって、
もっと説明があったら面白いだろうと思う事柄もある。

1910年、メキシコ革命が始まる。

1911年、美術学校で、古びたカリキュラムに反対してストが起こり、
 そこから、「野外美術学校」の試みが始まった。
 革新の意志と、外に飛び出したことから、印象派のようなスタイルで描くように。

1920年代は、さらに「印象派」からの脱却が模索される。(「印象派」的なものも、まだある。)
 
 革命後の制度化を進める政府に後押しされたのが、リベラ、シケイロス、オロスコらの壁画運動。
 政治性を帯びることを拒んだのが、ロサーノやタマヨ、アンヘルらのグループ。

 リベラらは国外でも有名になり、アメリカ合衆国でも壁画の制作や展覧会を重ねる。
 タマヨは、リベラらとは別の路線で制作を続けたが、ニューヨークで大活躍。
 

1940年、メキシコ市で「シュルレアリスム国際展」が開かれる。
メキシコの画家たちの中には、
その展覧会のためにシュルレアリスム風の絵をわざわざ描いた人もあったらしい。
 (オロスコ・ロメロの「夢」(1940)は、この口か?)

ほかに感じたこと。

アグスティン・ラソの絵が来ていない!

サトゥルニノ・エランの絵。
デッサンがしっかりして、筆致は「ヨーロッパ風」にも見える。
題材は、メキシコの「現実」を扱っている。
1920年以前に描かれた彼の作品と、
1920年代の二つのグループを比べると面白い。


北川民次の「花」がとてもいい。
メキシコと日本に共通する、どこかしみじみした感じが
滲み出ているように思った。

2009年7月13日月曜日

複合なぞかけ

「1, 2, 3, 4, 5, 6, 8, 9 」 とかけて 「日の入り」 と解く。


その心は、


Sans sept.

2009年7月9日木曜日

時が流れて砂が落ち

バロックの詩の読者には常識なのかもしれず、
今ごろおどろいているのか?と言われるかもしれないけれど。

スペイン・バロック詩の、テーマ別にまとめたアンソロジーを読んでいたら
「亡くなった人の遺灰を入れた砂時計」をモチーフにしたものが
いくつも、いくつもある。


まだ消化しきれず、とりあえず衝撃の痕跡を。

2009年7月8日水曜日

へた栽培

にんじんのへたから、爽やかな緑色の葉が出ている。

切り落としたオレンジ色のへたは、
すぐに生ごみとなるはずだった。が、


「水栽培できるんだよ」
と言われてちょっと試してみたくなり、
積み木のできそこないみたいなそれを、
うすく水をはった容器に入れた。


数日すると、そっけなかった「へた」の頭から、
はえ始めた「吾子の歯」を思わせるような
芽のきっかけみたいなものが出てきた。

伸びること、伸びること。

すてるつもりで、できるだけ短く切り落とした「へた」に
これほどの栄養分がつまっているとは。

ぐんと伸びた茎の先についた中心の葉のほかに、脇をかざる葉まで出てきた。
土に埋めたい。
けれど、考えてみれば、根はとっくのとうに食べてしまったのだった。

さて。

2009年7月4日土曜日

「際」

「際」という字が気になった。

何かの果てである「きわ」は、
その向こう側にある何かとの接点でもある。

国際だとか交際だとか、
ボーダーラインを越えた結びつきを示す言葉も、
そういうところから来ているんだろう。

というところまで考えて、
白川静 『常用字解』 (2003, 平凡社)を開いたら、さらに面白い。

「際」の文字のでき方について。

こざとへんは、神が天に昇り降りするときにつかう梯子の形で、
つくりの「祭」と合わせて、その前の祭壇に肉を供えてまつることをいう、のだそうだ。

意味について。

“そこは天から降りてくる神と人とが相接する所で、
際とは神人の際、「きわ(接するところ。物事の窮きるところ)」をいう。
そこは神と人とが「であう」所であるとともに、
人が達することのできる極限のところをも意味する”


スペイン語で「際」に相当するような言葉は何だろう?


2009年7月2日木曜日

いるかを


photo by Solène


駆け足で駅までもう少しというところで、スーパーの外の花屋に笹が並んでいた。
もう、そんな季節だ。

二年前のこの時季、ソレーヌと水族館に行ったら、
出口のあたりに七夕飾りがあった。

2009年7月1日水曜日

半年の計は

一年の計は、元旦にあり。
半年の計は、7月1日にあり…

ということで、このさき半年の見通しを改めて立てよう。

2009年6月29日月曜日

「いのちの食べ方」

さらに遡って夏至の日、

ニコラウス・ゲイハルター監督のドキュメンタリー映画
『いのちの食べ方』(2008年)を見た。

肉や野菜が工業製品のように生産される。
効率を第一に設計された機械やシステムは、
幾何学模様のように美しい。

そこでは、人間が食べるという目的のためだけに
動物や植物の命が生み出され、
切り落とされる。

映像の美しさと、
そこで繰り広げられている出来事のおぞましさのコントラストが
(そして、その出来事が、
 毎日何かを食べて生きている自分にも無縁ではないということが)
不気味でしかたない。

この不気味なシステムが動きつづけるのを可能にしているのは、おそらく
1、効率・利益重視の経済 (経営者のレベル)
2、大抵のことならば、慣れて無感覚になれるという人間の特性 (生産現場で働くひとたちのレベル)
3、知らなければ、気にならないということ (消費者のレベル)

映画はまず、3に揺さぶりをかける。
あなたの食べているものは、こんな風につくられている(かもしれない)んですよ。

そして、観客が映像に見慣れて2の無感覚に向かってしまうかもしれないところを
うまく切り抜けている。そこがこの映画の不思議で巧みなところだと思う。
驚きに慣れさせてしまわないこと。


と、映画の感想のレベルでは言えても、
実際は食べなければ生きられない。
……。

世間知ラズ/ Sin conocer el mundo

先週の木曜日、メキシコ大使館へ
谷川俊太郎さんの詩集『世間知ラズ』スペイン語訳の
プレゼンテーションを聞きに行った。

この本は、谷川さんの詩のなかで
初めて日本語からスペイン語に直接翻訳されたものだそうだ。
訳したのは、メキシコ人で日本への留学経験もあるCristina Rascón Castroさん。

紹介された本は、Plan C editoresというところからSin conocer el mundoという題名で
2007年に出版された、バイリンガル版だ。
Foncaという、メキシコ政府の文化・芸術振興基金の助成を得ている。
メキシコはこういう文化制度が充実していると思う。

会での印象的ないくつかのコメントをメモ代わりに。
数日が経過しているので、記憶が変化していないことを祈りつつ。


・案内役のアウレリオ・アシアインさん
「谷川さんの詩がアンソロジーの形で訳されたのではなく、
 一冊の詩集として訳されたというのは、すばらしいこと。
 詩人にとって、詩集とはひとつの生き物のようなものだから。」


・翻訳者のクリスティーナさん
「一番注意したのは、(スペイン語圏の読者全体を相手にするために)
メキシコ特有の語彙や表現を使わないこと。」
 
「日本に特有のものが出てきても、
 説明的にならないように
訳すように心がけた。もっと知りたいと思う人は
 詩を読んだことをきっかけにし、そこを入り口として、自分で調べてもらえたらいい」


・谷川俊太郎さん
「詩の翻訳は不可能、というところを出発点としている。
 誤訳があろうと、超訳があろうと、まったくかまわない。
 スペイン語訳は、独立したひとつの作品と捉えている」

(もしも、世界に詩がなかったら?と問われて)
「別の星に移住していたでしょう、
 詩のある星に。」

2009年6月20日土曜日

ぬかみそにスペイン語

密封チャックつきの袋に入ったまま使えるタイプのぬかみそがあって、
袋の左端に、カタカナで「コミローナ」。

どうやら商標でもなく、会社名でもないようだ。

コミローナ comilona はスペイン語で
形容詞なら「食いしん坊」、名詞なら「ごちそう」。

なぜ(よりにもよって)ぬかみその袋にスペイン語が書いてあるのか。

検索したら何かわかるかもしれないけれど、
わけのわからないまま、きゅうりのぬかづけを食べている。

2009年6月19日金曜日

折り紙で水切り

ああだったか、こうだったか。これをこう折ったら、、、
試行錯誤の末に「つのばこ」が折り上がった。
紙は折り込み広告、行き先は台所の流し台。

さやかの家に行ったとき、
台所のごみの水を切るのに、新聞紙で折った箱を使っているのを見て
これはいい!と思ってから、すでに数ヶ月。

じめじめしたこの季節、水を切るのは特に重要、
と、思い出して作って使ってみたら、やっぱりとてもいい。
さやか、いいアイディアをありがとう。

箱の下には、プラスチックトレイを置いてみた。これなら、
流し台に紙がはり付いてしまう心配もない。


ただ、唯一思い出せたの箱型の折り方「つのばこ」は
「つの」の部分がちょっとヒラヒラして、ちょっと場違いな感がある。
もっと四角いのもつくれたはず。思い出そう。

2009年6月18日木曜日

ねむの木とクレヨン

家の近所に、ねむの木の花が咲いているのを見つけた。
緑の葉の茂るなかに、ピンクのシャラシャラ。

小さいころ読んだ「クレヨン王国」シリーズの第一巻で
さるすべりや、樫の木や、あとは何だったかさまざまな木が、
お兄さんやら妹やらおじいさんやらの設定で

出てくる章があった。

ねむの木は、たしか女の子だったと思う。

シャラシャラの花をつけた挿絵があったような
おぼろげな記憶がよみがえった。

2009年6月15日月曜日

谷川俊太郎詩集、スペイン語訳出版記念イベント

今月25日(木)夜の7時より、赤坂のメキシコ大使館で
谷川俊太郎氏の著作のスペイン語訳出版を記念するイベント(通訳つき)があります。

参加するには、大使館あてにメールまたはファックスでの予約が必要だそうです。
(前日、24日(水)まで)

連絡先を含め、詳細は以下の画像でご覧ください。
(画像をクリックすると拡大します)

2009年6月14日日曜日

詩と楽譜

ビジャウルティアの詩を改めてじっくり読み直しながら、
解釈する interpretar ということについて考えた。

解釈ができた(と思えた)ら、何と詩が「生きて」見えてくることか。

interpretar は、楽曲を演奏する、歌うという意味でもよく使う。
楽譜も、それ自体では単なる記号の羅列にすぎず、
interpretar されて初めて、記された音楽が「生きる」。

なんてことを考えていたら、ちょうど昨日
ずいぶん前に放映された番組『詩のボクシング』のアンコール放送というのがあって
その中で谷川俊太郎氏が、「印刷された詩は、楽譜のようなもの」と言っていた。

ただ、この場合の「印刷された詩=楽譜」は「詩の朗読=コンサート」と対置されたもので
詩は、声に出して読まれてこそ生きるのだ、という主旨だった。

番組の司会者やイベントの主催者のコメントには
とくに作者自身が読んだ場合が特別、という含みもあったように思う。

確かに、今まで聞いたことのある、作者自身による詩の朗読を思い出してみれば
文字で、自分で、黙読したときとは、まったく別物だったという感触がある。

じゃあ「印刷された詩」を黙読することに何の意味がある?
それは、味気のないもの?


オーケストラの指揮者がスコアを見ただけで全体の響きを「聞ける」ように、
あるいは、そこまで行かなくとも、
楽譜を読む訓練をしていたら、楽譜を見ただけでメロディーが「聞ける」ように、

それぞれの言葉と、言葉同士のつながりと、そのすべてが作る「全体」を捉えられれば
つまり「解釈」の意味で interpretar できれば、もう半分以上「演奏」に近づいていると思う。
あとは、それを音にできるかどうか、あるいは、音にするか、頭にとどめるか。

作者の朗読が格段に「いい」のは、作者の「解釈」がはっきりしているからだろう。

なんだ、「詩は解釈しなければならない」ということに戻るのか、
結局「頭でっかち」擁護か、
と思われるかもしれないけれど、それは強要するものではない。

ただ、楽器が弾けたら、歌が歌えたら面白いのと同じように、
詩を interpretar できたら面白い、と思う。


2009年6月12日金曜日

誰の耳?

音と意味する内容が一致するような言葉がときどきあるが
「ささやく」の場合は
whisper(英)、susurrar(西)chuchoter(仏)
どれも感じが出ている。

漢字もいい。

   囁く

口を寄せてそっと囁きを伝える先は、耳ひとつのはず、
だとすれば
あと二つの耳は、秘密にひかれて寄ってきた耳?

2009年6月11日木曜日

如雨露

ビジャルウルティアのごく若いころの詩に
涙と雨を重ね合わせたものがある。

llorar(ジョラール、泣く)という動詞の名詞形
lloro (ジョーロ、泣くこと)も使っていて

ジョーロ、
涙、
雨、
草木に降り注ぐ、

と連想は広がり、「じょうろ」の語を辞書で引かずにはいられなくなった。

「如雨露」
(一説にjorro ポルトガル語の転訛とする)草木などに
水を一面にかけるのに使う道具。桶状の水溜めと、
柄状の長い管の先に小穴のたくさんあいた頭があり、
そこから水を出す。じょろ。   (広辞苑)

スペイン語は関係ないらしい。
ではポルトガル語のJorro とは?

「jorro」
噴出、ほとばしり。
lloro de água: 水の噴出 (現代ポルトガル語辞典)


「一説」が正しいのか否かはわからないが、
如雨露という漢字を当てた人の感性が抜群だと思う。