2008年12月18日木曜日

食堂にて

市場の食堂が気に入っている。
同じ屋根の下に三つのお店があるうちの、一番右側のお店が特にいい。

野菜のたっぷり入った牛肉のスープが絶品なので通うようになったというのもあるけれど
全員女性でかためた店のチームワーク、バランスが絶妙。

カウンターの奥には、店の味を守る、どっしりとしたメガネのおかみさん。

脇をかためる、中堅の短い髪のおばさん。次いで、おかっぱのちょっと陽気なおばさん。
この二人は状況に応じてテーブルにも出る。

厨房には若くてすらっとした女の子が二人。

そして、料理を運ぶ看板娘は、長い三つ編みでドラえもんみたいにころんとしたおばちゃん。
愛嬌抜群、ちょっと抜けているところもある。
先日は、まだ何も頼んでいないおじさんにごはんを届け、「恋でもしてるのかい?」と言われていた。

早い時間に行った今日は、客が少なくて手持ち無沙汰そうにしているので
気になって見ていたら、まず、生のにんじんをかじったのを目撃。
そして、これから調理にまわるであろうたまねぎの上にトマトを並べたらコロンと落ちた。

新たなお客さんが通りかかったそのとき、おばちゃんが俊敏に動いた。
メニューを手に取り、すばやく声をかける。
しかし残念!その人が食べたいメニューが今日の定食になく、別の店の方へ行ってしまった。
おばちゃんは、メニューであおぎながら、そのお客さんの行方をじっと見据えていた。

また手持ち無沙汰になったおばちゃんは、
まだ食事が終わらないうちに、デザートを持ってきてくれた。

2008年12月15日月曜日

corazón

おかあさん、

なあに?

ぼくこわーいびょうきかもしれない

どうして?

ここがいたいの

いつからいたいの?

きのうから

どんなときに、いたくなったの?



illustration by Eduardo Altamirano Segovia

ともだちと、けんかしてから…

いまも、いたいの?

おもいだしたら、いたいの

そこには、こころがあるのよ。

こころ?

こわーいびょうきじゃなくって
こころが、こまったなっていっているんじゃない?

でも、からだも、あつくなったり、つめたくなったり、するの
やっぱりぼく、こわーいびょうきかもしれない

それはね、わたしたちのからだぜんぶが
こころだからじゃないかしら?


2008年12月13日土曜日

ことばの誘惑

論文を書いているというのに、
和西辞書の見出し語が気になってしょうがない。

みるからに

むけいかく

 
そして、パラパラとめくってみれば…

まわた

ペンギン

のぞみうす

ひえびえ

したづみ

さいじょ

がらあき

かきなぐる

おしかける

いたち

あせる


よりみち

2008年12月10日水曜日

振り向けば


何か気になって振り向いたら、夕方の空が

2008年12月9日火曜日

Noche buena


町はすっかりクリスマス気分、
大学の図書館は、もう今週半ばから休暇に入ってしまう。
休暇貸し出しで長く借りられるのは嬉しいけれど……。

町のあちこちにノチェ・ブエナ。
メキシコ原産のこの植物、ときにひょろりと二階近くの丈になっていることもあるが
飾り用のは、見慣れたサイズ。

セントロ・イストリコの植え込みも、
死者の日のオレンジのセンパソチルから、
赤と緑のノチェブエナに変わっている。

季節感は、なんだか嬉しい。

2008年12月4日木曜日

チリコ入手

先日探していたGiorgio de Chirico についての本。
発行元である
、大学の美学研究所の書店に直接行ってみたら、
なんともあっけなく手に入った。

「ジョルジョ・デ・チリコね、はい、どうぞ」

取り出した棚には、まだ5、6冊は同じ本が並んでいた。

それにしても、やっぱりチリコ。

2008年12月2日火曜日

チリコ

UNAMの大学出版から出ているGiorgio de Chirico についての本を探しに
大学の書店に行った。この本を探しているんですけど、とメモを見せたら

チリコだね?この辺りにあったような…と、美術コーナーへ。

結局、コンピューターで調べてもらったところ、在庫がないとわかり、がっくり。

けれど、チリコ、チリコと何度も言うので
あの硬質のデ・キリコの世界が、急に寸詰まりにコミカルになってしまったようで、
見つからなかったことよりも、チリコのことが気になりながら店を出た。


2008年11月29日土曜日

絵本作家とこどもたち

先日、Fondo de Cultura Econónimaの書店で
絵本作家Oliver Jeffers を迎えたイベントがあった。
http://www.oliverjeffers.com/

語り手のおねえさんが絵本を声に出して読み、
それと同時にオリバーさんが、模造紙に各ページの絵を描いていくという趣向。

おねえさんがこどもたちに火をつける。

おねえさん 「それからおとこのこは、みじたくをはじめました。まずはメ、メ、メ…」
こどもたち(口々に)「メガネ!!!!」
おねえさん 「つぎに ボ ボ ボ…」
こどもたち 「ボウシ!!!!!」

一冊目は、飛行機で月に行った男の子がエンストの難に遭い、宇宙人と協力して家に帰る話
二冊目は、本をむしゃむしゃ食べてしまう男の子の話。(邦訳あり)

二冊目が始まる直前、ちいさなお兄さんが、もっと小さな弟を連れてきた。
絵本を抱きしめた小さな弟は、タイトルが読まれると同時くらいに、
「本をたべる おとこのこの はなし!!!!!!」

その子は、大好きな絵が目の前でうまれていく瞬間にときどき身震いしたり
うずうず、そわそわ、居てもたってもいられずに
絵本のページを開いてみて、まわりの人たちに見せてあげたり。

朗読が終わると、模造紙の絵を賞品に、クイズ大会が始まった。
「おとこのこが家に戻ると、部屋にいたお客さんはだれでしょう?」
ハーイ ハーイ ハーイ  「ペンギン!!!!!!」
こどもたちは、ページの隅々まで知っている。

大興奮のこどもたち、きっと夜はぐっすり眠ったことだろう。

2008年11月28日金曜日

黒豆級のつや

昨日、パセオ・デ・ラ・レフォルマにある国の文化振興機関に出かけた。
約束の時間よりもだいぶ早く着き、石のベンチに座って本を広げてみたそのとき、
気になるものが目に入った。

靴磨きスタンド。
メキシコシティには、日よけつきのスタンドを構えた靴磨きやさんがたくさんいる。

なんだかくすんでいた自分の黒い革靴に視線を落として、よしと席を立った。
値段を聞けば、10ペソ。
お願いするのは初めてなんですが、と言いながらスタンドに座って、靴をセッティング。

すそが汚れないようにまくりあげ、靴下が汚れないようにくつべらのようなものを靴に差し、
ほこり落としから始まって、泡洗浄、クリームを塗ってすりこみ、別のクリームでつやをだし、
磨いて、また何か塗って、磨いて、、、

12年前からずっと同じ場所で働いているというおじさんは、
磨き方は人によって違うけど、ぼくはきちんとした仕事が好きだからね、と
丁寧にきれいに磨いてくれた。

はい、できたよ、と言われて改めて見てみたら
私の靴は別人のように、黒くつやつやと光っていた。
ふっくらとして見えさえして、まるで上出来の黒豆のよう。

2008年11月26日水曜日

時のトンネル

探していた本は、国立図書館の保存書庫にあった。

カウンターで書庫への行き方を聞くと、
あの黄色の手すりのところを通っていけばいいと教えてくれた。

手すりを目指していくと、その先にはトンネル。
抜ければ右に噴水の音、左にソル・フアナ像。

部屋に入り、頼んだ本を待っている間、
あたりを見回せば
ここ彼処にかかっている宗教画の寓意が気になる。


硬く四角い革張りの椅子に座り、
三十分ごとに振り子時計のボーン、ボーンと鳴るのを聞きながら、
木製の大きな書見台を使って目当ての本を読んだ。

2008年11月23日日曜日

勤労感謝

メキシコでも、別の町のひとたちが「メキシコシティの人は冷たい」と言うのを聞くけれど
ほんの一言から、会話の橋がぱっとできあがることがある。

土曜の夕方6時過ぎ、バスを待っていたら、小型バンのタイプのが来た。
ヘッドライトを点滅させて、乗る?とのサイン。
人差し指を立てて右腕を上げると、すっと止まって、助手席のドアが開いた。

gracias 、と言って乗ると、
これからどこに行くの?と運転手さんに話しかけられた。
家に帰るところ。

ちょこちょこと会話をしているうちに、ふと気になって聞いてみた。

今日は、何時まで働くんですか?
夜の10時までだよ。
朝は?
朝は、5時から。
食事は?
朝の5時。

市民の足、庶民の足の運転手さん、こんな長時間労働をしていたとは。

家族は寂しがらないか、と聞いたら、
結婚もしていないし、恋人もいないんだよ。

そういえば、
同じ小型のバスで、助手席に恋人を乗せておしゃべりしているのは何度も見たことがあるし、
大きな車両のときには、休日に前方座席に運転手家族ゾーンができていることもある。

2008年11月21日金曜日

市場でごはん

月曜、水曜と、市場 mercado で昼ごはんを食べた。

近所のmercadoなのに、食堂に入ったのは初めてだった。
ざわざわした雰囲気がとてもいい。雑然とはしているけれど、明るくて清潔な感じ。
定食、35ペソ。安い。

月曜日は…

アグア・デ・リモン(レモネード。 limonadaと agua de limónの違いは何だろう… )
牛肉のコンソメスープ、
メキシコ風ライス、
メインには、がんもどきに似た鶏肉の料理、トマトソース。がんもどきもどき。
トルティージャがやわらかくて美味しかった。


水曜日は、別の入り口から入って、別のおばさんたちの経営するテーブルへ。
こんどは紙に書いたメニューがあった。
同じく、35ペソ。

アグア・デ・ハマイカ(ほんものではなく、粉を溶いたのだったのが残念)
レンズ豆のスープ、ちょっぴり辛い
温サラダ (ズッキーニと、チャヨーテという野菜を豪快に炒めたもの)、
肉入り牛肉スープ (巨大な牛スネ肉に、とうもろこし、にんじん、ズッキーニ、インゲン…美味しい)
デザートに、パウンドケーキ。

食べている途中、目の前に、市場のおばさんのたくましい手がずんと伸びてきた。
持ち帰りを頼んだお客さんのためのレモンとたまねぎを、
テーブルの上から、むんずと掴んでいったのだった。

賑やかで生命力豊かな雰囲気も、食事の一部。

2008年11月14日金曜日

空の歯医者さん

思いがけない歯のトラブルが起き、メキシコで初めて歯医者に行った。
幸恵さんのともだちのロクサナさんという、颯爽としてかっこいい女医さんのところ。

待合室の床は、メキシコではめずらし板張りで何だか落ち着く。

治療用の椅子に横たわると(懐かしいカーブ)
縦型ブラインドの透かしてある大きな窓からは、広く空が見える。

ロクサナさんが何か背後で準備していたときに、
飛行機がすーっと飛び立っていく姿が、かなり大きく見えた。
渡り鳥の群れの一羽目が飛び立つところを捉えた映像みたいに。近いんだ。

飛行機が、きれいに見えますね!と言ったら

そうなの、この空の眺めは私もとても気に入ってるの。

素晴らしい夕焼けが見えることもあってね、
そういうときは治療の手を止めて、患者さんに、空を見てって言うの。
あれを見逃したらもったいない。

それから、近くの大きな病院にヘリポートがあるんだけど
ヘリコプターが着くと、特に小さな子たちを診察しているときには
窓のそばに行って見てごらん、って言うのよ。

そう言いながら、ロクサナさんは手際よく治してくれた。

日本でお世話になっている歯科医の愛称は「ひげの歯医者さん」だった。
彼女は、空の歯医者さん、だろうか。

2008年11月12日水曜日

夜半の月

大手書店Gandhiの、比較的スペースの小さな支店にて。

世界文学 Literatura Universal コーナーの棚を見ていたら、
メアリー・シェリー Mary Shelly の『フランシュタイン Frankenstein』の横に
紫式部 Murasakishikibu の『源氏物語 Historia de Genji』 が並んでいた。

思いがけないめぐり逢い。

秋を探して

東京から、柚子豊作の便りが届いた。季節感が懐かしい。

メキシコシティも日によっては朝晩の冷え込みが厳しく、
厚手の上着にショールを巻いて出かけるときもあるけれど
今日の昼間は半袖でもいいほどの日差しだった。

秋らしいものはないか、と探しながら歩いてみたら、
踏めばクシャと音を立てるカラカラの落ち葉があるくらいで
通りがかりの公園には紫陽花の名残がまだ咲いていた。

2008年11月5日水曜日

butoh en México/ 舞踏 in メキシコシティ

9月末にメキシコにいらしていたコントラバス奏者の斎藤徹さんから、
工藤丈輝(KudoTaketeru) さんの舞踏公演のお知らせをいただきました。

メキシコシティでは、
明日11月5日の夜8時-、
Teatro de la Danza, Centro Cultural del Bosque,
Paseo de la Reforma y Campo Marte, Chapultepec-Polanco (Metro Auditorio)にて
$120(メキシコペソ)、学生・教員半額

*Tiempo libre 誌のweb 上にも情報あり*
http://www.tiempolibre.com.mx/home_danza.php?id_evento=23001


また、11月14日(19時-)、15日(16時-)には、
チャプルテペック公園内のCasa del Lago にて公演があります。
$100、学生教員半額

*Casa del Lago のページより*
http://www.casadellago.unam.mx/site/index.php?option=com_content&task=blogsection&id=17&Itemid=89

2008年11月3日月曜日

一緒に過ごす一日


死者の日のお墓参りに同伴した。

休日で出番のないスクールバスが、園内を無料循環バスとして走っている。
なんていいアイディア。

透明な空気に、太陽が強い。
家族連れ、犬連れで、色とりどりの花を抱えてそれぞれの目指すお墓へ向かう。
パラソルとお昼ご飯を持って、故人と一緒にピクニックをしている家族もいる。

11月1日は、幼くして命を落としたこどもたちの帰ってくる日、
11月2日は、大人になってから亡くなった人たちの帰ってくる日だと聞いた。

写真の中心に写っている星型の風船には、
「おじいちゃん、大好き」

2008年11月2日日曜日

骸骨

大学構内の芝生ゾーンに、
11月2日の、死者の日のための飾りつけが行われている。

金曜の夜、キャンパス内は人であふれていた。
左の写真の骸骨は、今年没後10年になる、あの…






オクタビオ・パス。
死後10年経っても、
メキシコ国内のあちこちを訪問しなくてはならず、
相変わらずの活躍ぶり。

2008年10月24日金曜日

増殖するカボチャ


メキシコでは、お盆のように、死者が帰ってくる日がある。
11月2日の、「死者の日」。
特別な祭壇をつくり、
砂糖菓子の頭蓋骨やセンパソチルという橙色・山吹色の花を飾ったり、
故人の好きだったものを供えたり。

2005年に滞在したときは、町中が陽気なガイコツだらけになっていた。
今年は、ガイコツに似た、オレンジの「やつら」が多い。
カボチャだ。

このカボチャ、世界中で増殖の勢いが止まらない。

2008年10月23日木曜日

まぶしいネクタイ

めぐりあわせで、チャプルテペックの湖の脇で創作のクラスに短期参加している。
私の他は、皆40~50代。

今日は、その先生が各所で持っているクラスの参加者の発表会があった。
6時から、場所はアイリッシュパブのテラス。
いつもお洒落な人だが、今日はぱりっとした上着にネクタイがまぶしかった。

総勢8名、大学生から中堅の年代までの自作朗読は、
面白くて笑ったり、わからなくて悔しい思いをしたり、言葉の操り方の自在さに目を見開いたり。
とても面白かった一篇の後には、隣に座っていた黒い皮ジャケットの素敵な女性と目が合った。

後から、その女性は先生の奥さまだと知った。

プレゼンテーションが終わった後に同じクラスのマリ・テルさんと話していたら、
マリ・テルさんと面識のある奥さまも、話に加わった。

とても面白かったと言うと、
「あの人はこのために生きているようなものなの、
いえ、このおかげで生きているというべきかしら。」

先生は、体の自由が利かない。
病気のために両足と片腕を失い、残った左手も自由に使える指は限られている。
不自由な体になった先生は、三年前、生きる気力をなくしていたという。

そのとき、以前からクラスを受けていたある人が、
ぜひ先生のクラスでものを書きたい、先生でなくてはいやだ、
移動が大変ならば、先生のお宅に行きますから、と言い張って、そしてクラスが再開された。
今では、四箇所で教えている。

今では、家に帰ると、その日のクラスでは誰がどんなものを書いたとか、
どんなコメントが出てきたとか、あれこれ話すのが習慣だという。
うれしいことに、途中から加わった私のことも奥さまは知っていた。

生きること。形容詞でなく、動詞的に。

2008年10月19日日曜日

"Golconde" de René Magritte

Llover. Caer agua de las nubes. Llueve. Pero no es agua lo que cae. Son hombres. Todas las gotas que caen del cielo nublado son hombres. Hombres vestidos en traje negro, abrigo largo y negro, un sombrero negro, caen del cielo azul-gris. Lucen las camisas blancas y los rostros pálidos de los hombres en el cielo sombrío de Bélgica.


Caen silenciosamente sin fin de gotas del hombre vestido en negro. Algunos dan sombras en los techos, los techos de color guinda empinados para que caigan la nieve en el invierno. Los hombres llueven silenciosamente. Algunos dan sombras en las paredes y ventanas de los departamentos. Las paredes de color marfil, las ventanas con cortina cerrada, no tienen nada destacable, todo es repetición monótona, silenciosa e infinita, como las gotas del hombre.


Este hombre está de frente, ese otro se deja ver su perfil derecho, aquel mira hacia atrás, pero ninguno tiene expresión, ni triste ni melancólico, solamente son inexpresivos. Las gotas que vienen de lo alto del cielo, las gotas que se divisan a lo lejos, las gotas que pasan a ras de nuestra mirada, todos son iguales, hombres inexpresivos vestidos en negro.


Las gotas del hombre son indiferentes a dónde caen. Solamente caen. No les importa si les absorbe la tierra. Lentamente caen. También son indiferentes los habitantes de los departamentos de frente, con las cortinas cerradas. Caen infinitamente las gotas del hombre.


Nosotros somos los únicos testigos de esa lluvia del hombre. Mirándola desde la ventana de color marfil, a través de la cortina entreabierta, desde uno de los innumerables departamentos idénticos. Siguen cayendo las gotas del hombre.

2008年10月17日金曜日

喜びと悲しみ

東京の友人から、悲しい知らせが届いた。
中学二年生のときの同級生が、乳がんで亡くなったという。
彼女の声、笑顔、仕草、颯爽とした人柄を思い出す。


そして午後には図書館へ行った。本と紙に向かっていたら、
閲覧室の横の小さな部屋でナワトル語を教えるベアトリス先生が、一枚の紙を渡してくれた。
毎回みじかい挨拶を交わしているけれど、クラスに出たこともないのに。

詩だった。片面にはスペイン語、もう一方にはナワトル語。


「二つの顔」

どうして、すべての美しいものは、また悲しくもあるのだろう?
それは、地上のすべてのものはそういうものだから。
一輪の花が朝に咲き
皆が愛でる よい香りを放っているあいだ
けれど枯れてしまえば、誰もその花を思い出さず
摘んで、捨ててしまう。
朝に、日が昇る。
そして私たちに喜びをもたらす
けれどその喜びもまた終わる
なぜなら夜が訪れ、喜びは去るから。
始まるものは、終わりを迎える
そして私たちの心はそれを知っている。
喜びと共に始まるもののほとんどは
悲しみに終わる。
すべては変わり、姿を変える、
私たちは通りすぎるだけ。
ただ一度だけ生きるために来たのだ
この地上に。
だから、花咲かなければ。

デルフィーノ・エルナンデス

悲しみ. Tristeza. Tlaocoyaliztli.
喜び. Alegría. Paquiliztli.

咲いた花を、忘れない。

2008年10月12日日曜日

San Angel の昔

先日、テラス席のお店で昼食メニューを食べながら
サン・ハシント公園の放射状に中心の噴水に集まる道と
そして木々の奥に立つ教会の塔を眺めていたときのこと。

ふと、小さな町の中心がここにあったのだ、というのが見えてきた。
広場と教会というのは、植民地時代に作られた町の構造の中心。

そうして見ると、石畳の道をガタガタ上ってくる車たちが、
はるばる、他所の町から来た旅の客のように見えた。
サンアンヘルへようこそ。

昨晩、サン・ハシントのタクシーを呼んで帰った。
年配の朗らかな運転手さんに、町中で行われている工事のことを話題にしたら
通っていく道々の昔の姿を教えてくれた。

Viveros の脇の、かすかに川の名残が残っている辺りは
60年代まで土の道で、馬が通っていたことも。

Avenida de la Paz の辺りは路面電車の通り道で、
サン・ハシント公園の脇にあるサウナ・風呂屋さんは、当時の駅だった建物。
市場の裏手に残る線路も、当時の名残。

サン・アンヘルの石畳は、実はすべてが古くからのものではなく
路面電車が廃止されたあとに敷いたものもたくさんある……


古い建物や広場は点々と残っているけれど
町の動脈のようなものが、昔と今ですっかり変わっている。

埋められたいくつもの川を掘り起こし、路面電車を生き返らせたら
この町の風景はどうなるだろう?


2008年10月11日土曜日

三角関係


先週日曜の自転車天国に、変わったグループがいた。
一番楽しんでいるのは、一体誰だろうか?

2008年10月8日水曜日

アラメダ公園の日曜日、をめぐる土曜日

土曜日、リベラ壁画館に行った。
85年の大地震のあと、
ディエゴ・リベラ作「アラメダ公園、日曜の午後の夢」を保管するために作られた場所。

この日は、
壁画制作の手伝いをしたグアテマラ出身の女性画家
リナ・ラソさんを迎えての催しがあった。

左の写真では
暗い中でマイクを持っている金髪の女性がリナさん。


お話によれば、
縦4メートル、横15メートルもの壁画を描くのに

リベラは「イタリアの巨匠たちにならって」
構想もないまっさらの状態から向かい始めたのだという。





若き日のリナさん。
このビデオは未公開映像とのことだった。

壁画の下地として塗る、
石灰と大理石の粉を混ぜる作業のところから始まった。

次第に細かい粒にしながら、三層塗るらしい。








リベラ。

この大作は三ヶ月で仕上げられたものとのこと。

アシスタントもいたけれど、
リベラ自身も一日中、夜遅くまでも壁に向かい、
泊り込みのときもあったという。


お昼になると、フリーダ・カーロから
ひるごはん入りのバスケットが届き、
そこには「amor mío 」とあったそうだ。


製作中に訪れてくる客も絶えなかった。
さすが、時の人。


2008年10月6日月曜日

ビジャウルティアの日

金曜日はビジャウルティアたっぷりの日だった。
Xavier Villaurrutia (1903-1950) は、私が研究テーマにしているメキシコの詩人。

午前中、Capilla Alfonsinaに調べ物の続きをしに行き、
アリシア・レイェスさんのご好意によって
そこに保管してあるビジャウルティアの遺品を写真に収めさせてもらった。
ガラスケースの中には、
本、カタログ、写真から、作家組合の身分証、パスポート、そして
バラの花びらがたくさん入った、銀の小箱……

午後、Ximenaの家で昼ごはんを食べた後、
彼女のおばさんが教えてくれた、開いたばかりのカフェへ。
そこは、ビジャウルティアが住んでいた家。

狭い入り口を入り、板張りの階段を上がっていくと、
二階は広々としている。

「ビジャウルティアはここで書き物をしていたんだよ」
という場所に、座らせてもらった。写真はそこからの眺め。
その席の背後にある、ワイン瓶の並んでいる棚は、
昔は窓だったらしい。
自然光を受けながらの執筆。

ビジャウルティアの家族が、
彼の死後に売却した家は

ヴードゥー教の儀式を行う人物に手に渡り、
もと寝室の床に描かれた模様は
消しても消しきれなかったという。


その後、芸術家グループの手に渡り、
ワークショップなどの拠点になり、

そして今、レストラン・カフェ・書店・文化センター などを兼ねる
L'Atelier d'en Quim Jardí となった、という次第。

実は正式なオープンはまだで、
今月14日にオープニングパーティーを行うとのこと。


場所は、San Luis Potosí, 121, planta alta, esquina con Jalapa.
Colonia Roma Norte, C.P. 06700.

2008年10月3日金曜日

レトロ三人娘


フリーダ・カーロとディエゴ・リベラの結婚披露宴が行われたというカフェ・デ・タクバ。
タイルの装飾や、入り口近くの色硝子がとてもきれい。
平日もそうなのかもしれないけれど、日曜の店内はざわざわ賑わっていた。

給仕をしてくれる女性たちを見ていたら、
ふと自分がいつの時代にいるのかわからなくなる。

2008年10月2日木曜日

聴くこと、待つこと、信じること

野村喜和夫さんと齋藤徹さんのメキシコシティ滞在にご一緒しながら
(一緒に来てくれた高際君、ほんとうにありがとう)
食事の時間のたびに、少しずつ色々な話を伺うことができた。

なかでも昼下がりのカフェ・タクバで
コントラバス奏者の齋藤さんから聞いた話がじんわり暖かく残っている。

齋藤さんは、こどもたちのところに音楽を教えに行くことがあるそうだが、

毎回、音を出すよりも前にすることは
こどもたちが「聴くことができるように」すること。

耳を澄まして聴く、ということができるようになれば
ひとりでに色々な音を発見し、そこからさまざまなものが生まれるようになる。

「聴くこととか、待つこととか、信じることっていうのは、きっと
どれも根っこのところではつながっているものだと思うんだ」

澄んだ秋の青空のような言葉だった。

2008年9月30日火曜日

デジャヴュ街道:夜の朗読+即興演奏

会場は屋外にあった。
木・金曜と続けて冷え込んだ曇り空が土曜も残り、
夜となったらもっと寒い。


開演の7時少し前に会場入り。
7時を過ぎて、まだ空のステージを前に

客席は厚手の上着を着込んだ観客で見る間に埋まっていき、ほぼ満員となった。

野村喜和夫さん(詩人)と齋藤徹さん(コントラバス奏者)は二番目に登場。
硯友社のメンバーがラグビーボール大の卵をトライまで運ぶ実況中継風の
 「硯友社跡の無限」、 

空が鏡のように地上を映し出すというイメージから生まれた
 「デジャヴュ街道」、

虹と蛇という漢字の「虫」に着想を得た
 「街の衣のいちまい下の蛇は虹だ」


事前に伺っていたお話のまさにその通り、
「楽器としての声」とコントラバスの
やりとり、反応、相互作用が
刺激的で面白くて、すっかり耳は釘付け(裏手にいたので目は釘付けにできなかった)。

私にはひとつひとつ意味を持って聞こえていた「ことば」が
ほぼ「音」として聞こえていたであろうメキシコの観客も
一篇終わる毎に わっと沸き、最後には立ち上がって拍手をしている人たちもいた。

詩の朗読と演奏のコラボレーションは、
詩に曲をつけた歌よりは、「ことば」の比重が高い。
詩の朗読だけよりは、イメージを広げるのが易しいだろうけれど


土曜のステージは、
一人目がフランス語と英語、二組目は日本語、三人目はスペイン語だった。
ことばとは、まったく不思議なものだ。

何かが「伝わる」、何かを「共有する」とは……

2008年9月27日土曜日

明日、カサ・デル・ラゴにて Mañana en "Casa del Lago"

9月27日土曜日、夜7時から
チャプルテペック公園のカサ・デル・ラゴ脇の特設ステージにて
詩人の野村喜和夫さんとコントラバス奏者の齋藤徹さんの
朗読+即興演奏のパフォーマンスがある。

詩人であり、UNAMで論文指導してくださっているPedro Serrano先生の紹介で
今日の新聞Reformaの取材、明日のリハーサルと本番に、ささやかなお手伝いをすることになった。

少し緊張して行ったものの、
詩人、音楽家おふたりのお人柄に、ほっと肩の力が抜けた。
明日も楽しみだ。

以下のリンクから、お二人の紹介と、明日読まれる詩 [日本語もあり]
のひとつを見ることができます。

http://www.casadellago.unam.mx/site/index.php?option=com_content&task=view&id=219&Itemid=95

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Mañana el sábado 27 de septiembre,
hay un evento de "Poesía en voz alta" en la Casa del Lago del Bosque de Chapultepec.
Ahí, van a presentar poeta japonés Kiwao Nomura y contrabajista Tetsu Saitoh.

En el link que puse arriba, pueden leer las presentaciones de ellos
y un poema del poeta Nomura que van a presentar mañana.
Hoy los ví, en la entrevista con un periodista, son encantadores.

Empieza a las 7 de la noche,
¡ojalá que no llueva, que vayan muchas personas y disfruten el evento!

2008年9月25日木曜日

1968+40=2008

前衛のゼミの予定表を見て、ヘイセルが「10月2日は休みではないんですか?」と聞いた。
何の日だろうと思ったら、1968年にトラテロルコ広場で起きた学生運動弾圧・虐殺事件の日だった。

今日の新聞Universal紙には、1968年11月2日、
事件から一ヵ月後の広場を映した未公開映像が載っていた。
http://www.eluniversal.com.mx/primera/31691.html

マセドニオ・フェルナンデスの短編を読んだ。

「家族皆殺し」を行った人物が罪の意識に耐え切れず記憶切除手術を受け
その「精神外科医」の告発によって死刑になるが
 (過去と同時に未来のことを考える部分も切除したため、彼は平穏に最期を迎える)
処刑後、実はその殺人の過去というのは、
退屈な毎日に飽きた主人公が「外科」手術で移植してもらった記憶だったとわかる。


考える。
「過去」はどこにあるのか? 記憶のなかに。
形を失ってしまう「過去」はどうやって伝えられていくのか?
声に、文字に、イメージに、何かしらの形にして。
脳から出て、何かの形になれば、それは「現実の過去」として認識される。

「過去の出来事」の本来の姿は、どこにも残らない。
「本来の姿」という到達し得ないものに少しでも近づこうとし、
その姿が恣意的に変形されていくのに抗すること、
それが、「表現」の一つの機能なのかもしれない。

「恣意的な変形」も表現によるものならば、それに対抗できるのも、表現。

2008年9月24日水曜日

荒木珠奈さんの展示が見たい

日・西二ヶ国語のフリーペーパー『Zetten セッテン』を開いたら
荒木珠名さんの名が目に飛び込んできた。
オアハカの美術学校で講師をしたときの体験が語られていた。

荒木さんの作品を初めて見たのは、
去年、桜の咲く頃に、西武国分寺線 鷹の台駅近くのギャラリーで
パトリシア・ソリアーノさんと共同の二人展「二匹」を見に行ったときのこと。

ラジオUNAMのアナウンサーの紹介で、
パティさんにメキシコで一度会っていたのがきっかけだった。

荒木さんの作品は、一枚だけの絵本のような、
そこを入り口に、時間、空間、物語が広がっていくような感じがした。

今年は、8月9日から11月3日まで、森美術館ギャラリー2
オアハカで構想、制作の大部分を行ったという作品の展示をしているそう。
森美術館での展示は、絵ではなく、インスタレーションのようだ。

見に行けないのが残念。
どなたか、見に行く機会があったら感想を聞かせてください。

2008年9月23日火曜日

「うんざり」さんの詩的な一節 -Juan Emar-

ラテンアメリカ前衛のゼミで、今日はJuan Emar の短編集『十 (Diez) 』(1937) を読んだ。

本名Álvaro Yáñez Bianchi、パリに暮らしたことのあるチリ人の彼のペンネームは
フランス語の "J'en ai marre" (うんざりだ) の地口だと言う。

奇想天外な発想、神秘主義的な側面、パロディー……
作品によっては、正直言って訳がわからない。
有名になったのは、ネルーダの序文つきで1971年に再刊されてからのことらしい。

短編集のなかでも訳がわからなかった作品「ラ・カンテーラの地所 (El fundo de La Cantera)」
に、一番気に入った一節がある。


「暗くなった。しかし、太陽の粉がいくらか残った。
葉には緑の、地面には黄土色の、花には赤の粉。
腰の曲がった老人が、スコップとほうきでそれを集めていった。
集めた粉を
荷車に入れると、残った太陽とともに遠ざかった。
何軒かの酒場を通り過ぎて角を曲がり、そして夜になった。」

2008年9月22日月曜日

仕事を見つけるまでの間

バスの中にも、物を売りに乗ってくる人たちがいる。
お菓子だったり、アイスキャンディーだったり、電池だったり。
運転手さんに許可を得て乗り込み、売り、ありがとうと言って降りていく。

今朝見た人は、いつもと少し違った。
髪を短く刈った、若い男の人。

スーパーで売っているような飴の袋の口を開いて、両手で持っている。

少し小さめの声で、話し始めた。

「ご迷惑かもしれませんが、飴を売りに来ました。
 実は、わたしは刑務所から出てきたばかりです。
 盗みをはたらいて、捕まったのです。
 
 以前は、いつも安易な道をさがしていました。
 その結果、刑務所へ行くことになったのです。
 そして楽に生きる道をさがすことのおろかさを知りました。
 
 こうして出てきて、仕事を見つけるまでの間
 私は飴を売ろうと決めました。
  
 この飴には決まった値段はありません。
 助けを貸してくださる方があれば、
 よろしくお願いします。」

前の席のおじさんが大きな硬貨をポケットから出し、
ひょいと手で合図をした。
少し考えて、私も飴をひとつ買った。
ほかの席からも、合図が起こった。

治安改善策を要請する声が高まる今。
あちこちの席から手渡される硬貨には、
この心が広まるように、という祈りのようなものがこもっているようだった。

2008年9月21日日曜日

種は見つけるもの

数日前の管啓次郎先生のブログに触発されて、
赤い表紙の小さな手帳に「種」集めをはじめた。

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将来の一、二年生ゼミでひとつ考えているのが、「思考の種子」集め。せいぜい二行くらいにまとめられる発想の種を、一日につき三つ、一週間で二十一くらい、ノートに書き溜めてゆく。

たとえば武満さん自身の例をあげるなら、こうなる。

「イルカの交信がかれらのなき声によってはなされないで、音と音のあいだにある無音の間の長さによってなされるという生物学者の発表は暗示的だ」

こんな風に石つぶてのようにまとめた短い言葉を、日々反芻しつつ考えること。それが「連結的人文学」の基礎的な作業になるだろう。

(9月12日、MON PAYS NATAL より引用)
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一日三粒の種を集めようとしているうちに、
今までぼんやりしていた様々な待ち時間にも目や頭に血が通い始めた感じがある。

たかが石鹸、されど石鹸

たびたび勉強しに行く近所の図書館の、
お手洗いの
ハンドソープが、変わってしまった。

前の石鹸は、
L'Occitaneの緑茶香水に負けず劣らずとってもいい香りで、
席を立ったときから、すでに手を洗うのが楽しみになっていたほど。
中庭を深呼吸しながら歩き、席に戻ると、すっきりリフレッシュ。


新しい石鹸は、
ごく普通の「洗いました、清潔になりました」という香り。

前の石鹸が、心からなつかしい。
ああ、あの緑茶の香り。


たかが石鹸、されど石鹸。

オフィスや工場や学校で
「能率の上がる香り」「リフレッシュする香り」のハンドソープをトイレに導入したら

効果があるんじゃないかしら。

2008年9月19日金曜日

Domínuo Público, ブラジルの扉

Eduがブラジルの友だちから教えてもらったという、
ブラジル政府のデジタル図書・音楽・映像館のページ。

http://www.dominiopublico.gov.br/

文学では、トップページに載っているのは
Machado de Assis の作品、Fernando Pessoaの詩、
『神曲』、そしてシェイクスピアのポルトガル語訳などだが、
「テクスト」 + 「ポルトガル語」で検索したら、2057件ヒットした。

音楽も、トップページのブラジル国歌以外にもたくさんある。
(国歌ひとつ取っても、さまざまな音源が用意されていた)

利用者が少ないためにページが閉鎖されるかもしれないという。
閉めてしまわずに、利用者を増やすべく宣伝すればいいのに。

2008年9月18日木曜日

広場が二つに

9月15日の夜、雨の降るソカロへ
独立記念198周年の「Viva México!」を叫ぶ催しに行った。

各地方では、それぞれの広場で県知事や市長・地区の長が音頭をとって
独立に貢献した人物に万歳を、そしてメキシコに万歳を叫ぶ。
首都のソカロでは、音頭をとるのは大統領。

セキュリティ・チェックを通ってソカロにつくと
カテドラルの右手、国立宮殿側の大統領陣営は、華々しい舞台で音楽を演奏中、
左手には、2年前の「疑惑つき」選挙で敗れた党が陣取っている。

9時、左手の陣営のリーダーが演説を始め、右側の音楽が止んだ。
しんしんと降る雨の中、20分に渡る演説の後でViva México、Viva! のやり取りが。
右側はひっそり。

それが終わると、左手陣営は
「さて、これで我々は引き上げよう。
これ以後この場所に残るということは、向こう側の人だということ」

面白い説得の仕方。

左側が静かになると、右側は音楽を再開した。
人はいっとき少し減り、
残った人と、新たにやって来る人とで、雨の広場はまたいっぱいになった。


11時、宮殿のバルコニーに大統領が登場。
こちらは演説をせずにVivaのやりとりに移り、
それが終わると、音楽に合わせて国旗の緑・白・赤をつかった華やかな花火のセレモニー。

これだけはっきりした分裂が続いているのも強烈だが、
衝突を避けるための「住み分け」ができているのも面白かった。


2008年9月12日金曜日

キャンディーカラー郵便局

郵便局が模様替えをしている。

先日、荷物を受け取りに行ったときに
引越し中さながらの風情の局内の壁が、
白地に濃い桃色と黄緑にぬりかえられているのを見た。

昨日は、配達のバイクにその三色がほどこされているのを発見!
壁は一瞬うわっと思ったけれど、バイクはポップでかわいらしい。

郵便局のページ (http://www.sepomex.gob.mx/Sepomex)を見たら、
マスコットの配色が、白、ピンク、黄緑なのだ。
黄緑の封筒をくわえて届ける白い鳥。

きっと、白、赤、緑に、蛇をくわえた鷲の国旗から
着想を得たのではないだろうか?

あのかわいらしい郵便配達バイクが町中を走ったら、郵便のイメージも変わりそうだ。

早く確実に着くようになったら、もっといい。

2008年9月11日木曜日

サソリート


起きたら壁に小さなサソリ。
あまりの小ささに、定規をあてて写真を撮ろうとしたら

ぱっと床に落ちて、一瞬慌てた。
小さくても、刺すのだろうか?

雨季が続く間は、こういう来客が続くのだろうか。


ちなみに、サンテグジュペリのLe petit prince 、スペイン語版は Principito。

2008年9月10日水曜日

海を渡るホウレンソウ

冷凍ホウレンソウのパッケージの裏を何気なく見たら
ホウレンソウと書いてあって、一瞬目を疑った。

目を疑ったのは、あまりにもストレートに意味が頭に入ったから……
つまり、日本語で書いてあったから。

一度冷凍庫を閉じてから、今度はじっくり表示を見た。
日本語で記載されている横に、「この製品は日本にも輸出しています」とスペイン語で注記があった。
輸入会社の住所は、日本橋室町。 界隈の情景や空気を思い起こす。

海を渡るかもしれなかったホウレンソウ、
ハポンに着く前に、メキシコシティでバター炒めにしてしまおう。

2008年9月9日火曜日

何でもアリ

メキシコシティを南北に貫く大通りInsurgentesの専用レーンを走る Metrobus。
車体は普通の乗り合いバスに比べてずっと立派だし、
屋根だけの停留所ではなく、しっかりした駅がある。

昨日、南行きのバスに乗っていたときのこと。
Olivo駅を出て、 次はAltavista、その次が目的地Bombilla、もうそろそろ。

前方に見えてきたAltavista駅には、一本前のバスが停まっていた。
後ろについてしばらく待つんだな、と思ったら、運転手氏、何を思ったか
専用レーンから抜け出して普通車線に入り、Altavistaをパスして次の駅へ……

Altavistaで降りようとドアに近づいていたお兄さんは呆気に取られて
遠のいてゆく駅を振り返っていた。

2008年9月8日月曜日

Cineamano

金曜日、久しぶりに面白いものを見た。

FESTIVAL ESPEJOS SONOROS encuentro de voces múltiples
という「声」をテーマにした映画や音楽を集めた催しで、プログラムは以下の通り。

1.『声を求めて』 (En busca de una voz )というドキュメンタリー映画
2.Giacinto Scelsi, John Cage などの、音楽なのか声なのか音なのか?というような「曲」の演奏
3.歌いながら機材を使って声を重ねたり加工したりする一人の多重演奏と、Cineamano の共演
4.もはや歌でも音楽でもなく叫びのようなエレクトロニック音楽

とても気に入ったのは3番目。
ヴォーカリストのLeika Mochánのすっきりした声、
目の前で(耳の前で)見事に音が重なっていく様子にも釘付けだったけれど、
さらに、後ろのスクリーンに映し出された影絵が!

それこそが、Cine a mano。手描き映画、とでも訳せるだろうか。
歌の情景にあわせ、サラ、スッスッ、と砂絵を描いていく。単純な線だけで、なんと見事な。
次の曲が始まると、影の手によって静かに砂がどかされ、一曲間のvidaは終わり。

ロビーで小さなフライヤーをもらった。
下記のビデオを見たところ、cineamanoは砂絵だけではないらしいが、
私が見たのは画面左下に出てくるAlejandro Chávezという人のCineamano砂影絵。

http://www.myspace.com/cineamano

2008年9月3日水曜日

出入り口

この三日間、あることが続けて起こっている。

朝、シャワーカーテンをシャッと開けると、青い浴槽に心細そうな鈴虫。
夜の間は外でリンリンリンと心地よく鳴いていたのに、どうしてこんなところに?

最初の日は浴槽から降ろすだけで、どうにか逃げるだろうということにした。
(ドアは二つあり、ドアの下にはすきまもある)

昨日の朝、またいた。
きっと浴室から出られなかったのだろう、わるいことしたなと思い、
コップとちりとりをつかって、テラスまで出した。

夜はテラスの方からリンリンリン…

今朝。ついさっき、またいた。昨日は確かに外に出したのに。
また、コップとちりとりでテラスへ。

何かの「穴」、「出入り口」があるのだろうか?
何かよっぽど惹かれるものがあってその「出入り口」に近づくのだろうか。

一週間くらい前は、サソリがいて
メガネをかけておらず、何か虫が死んでいるのだと思って危うくつかむところだった。

「出入り口」が広がらないといい。

2008年9月2日火曜日

コミカルメトロ

メキシコシティのメトロには、時刻表がない。
車内放送も、構内放送もない。
(路線によっては、次の駅は…というアナウンスあり)

電車がなかなか来なくても、とにかくホームでじっと待ち、
電車が急に止まっても、車内で辛抱強く待つ。

昨日はTacubayaという始発駅で、乗れるかぎりぎりの電車をやり過ごしたら
次のが来るまで15分くらい待つことになった。
ホームは次第に人で埋まっていく。

と、左の方から空っぽの電車が姿を現した。高まる期待感。
電車が止まり、ドアの前には人だかり。さてドアが開く……と思いきや、
なんと、黙ったまま、もと来たほうに戻っていった。

そして、待ちかねた電車が、今度は右から。そういえばここは始発駅だった。
「終点」に着いた乗客たちも早く降りたそうな様子。

ドアの前には人だかり。さてドアが開く…と思いきや、
ちょっと考えた末に、電車は停車位置を大幅に変えた。人だかりは右往左往。
背後で「ふふふ」とおばさんが笑った。

私としては、出てきた電車が静かに戻って行った時点で既にかなりおかしかったが、
可笑しさを共有する人ができたとばかり、おばさんと顔を見合わせて笑った。

2008年9月1日月曜日

タイプライターの音

この八月は、今までで一番多くタイプライターの音を聞いた。

大学の図書館の利用証をつくったときに、コンピューターだけでなくタイプライターでも記録。
寒いけれど静かな近所の図書館では、事務室からタイプライターの音が響いてくる。
警察の医師が、診断を書き込むのにタイプライターでトストストス…
製本を手伝ってくれたタティアナの働くお店の倉庫では、叔母さんがタイプライターで注文票を記していた。

詩人ラモン・ロペス・ベラルデの散文に、
レミントン社のタイプライターでものを書く様子をピアノの演奏に喩えたものがあった。
タイプライターの音には、確かになんだか風情がある。

携帯電話で黒電話のリンリーンという音を鳴らすようなレトロ趣味を応用して
タイプライター型キーボード(キータッチの感覚も再現) 搭載のパソコンというのは…やはり使いにくいか。

2008年8月30日土曜日

カラフルなクレヨン

近所の新聞・雑誌スタンドで、長距離電話のカードを買った。
(ちなみにsaludoというカードで、日本の固定電話あての場合100ペソで2時間ほど通話できる)

おつりを待っている間にちらりと辺りを見回すと、
雑誌を並んで立ててある中に、
透明の円柱型プラスチックケースに入ったカラフルなクレヨンが。

売り物なのか?なぜここにクレヨンが?
好奇心がむずむずと沸き起こり、尋ねてみた。
「なぜクレヨンが置いてあるんですか?」

二週間に一度、ちいさな息子さんが訪ねて来るらしく
そのときに、そのクレヨンをつかってスタンドの脇で塗り絵をするのだそうだ。
息子さんの話をし始めたら、おじさんの顔はすっかり優しくなった。

2008年8月29日金曜日

白い縦笛

先日、哲文学部 (Filosofía y Letras) の食堂で遅い昼ごはんを食べていたときのこと。

隣のテーブルにいた二人組が食事とおしゃべりを終えて席を立った。
ふと目にとびこんできたものは、白い縦笛。
紺色のリュックの脇のポケットに澄ました顔をして入っていた。
折りたたみ傘みたいに、そこにいるのが当然のように。

いつも持ち歩いているのか、いつどこで吹くのか、
あの唄口からどんなメロディーが出てくるのか……

想像したらちょっと楽しい。

2008年8月26日火曜日

ひったくり被害の後始末~警察への届出~

(追記:以下の記事は、メキシコシティでの出来事・届出についてです。)

ひったくり被害の後始末がようやく一段落しつつある。


このページの主旨からは外れるけれど、
警察への届出について、簡単にメモを残しておきたい。

被害にあった夜は、ショックと足の痛みでそれどころではなかったし
一晩中かかる上に得るものはないと聞くし、すぐに届け出には行かなかった。
結局、出向いたのは一日半経ってから。「被害から24時間」という話も聞いたけれど、大丈夫だった。
 

~届出の流れ~ まず…被害を受けた地区の管轄の警察署に行く

①怪我がある場合は医師の診断を受ける
②被害の届出を出す (被害に遭った場所、状況、犯人の描写、盗られたものの内容や額など)
③別の部署に行き、同じく被害状況や犯人の描写などを話す 
 ここでは、とくに犯人についての情報が主眼のようだった

④盗られたものの中で領収書や保証書があるものがあれば、
 届出から5日以内に再び署に出向き、コピーを提出

さて
①がまず、曲者。
「医師がいま昼ごはんに出たばかりで、三時間戻らないので別のところに行ってください」
→別の署に行く。付き添ってくれたEduの家族は入れず、私一人で待合室へ進む
→廊下に上半身裸の男性が倒れている …彼は捕まった側の人だった。
 上半身裸の男性がもう一人いて警官を「何で捕まえたんだよ」となじっているので、離れて座る
→さんざん待った挙句に医師の部屋に入ると、テレビでオリンピック中継が 注意散漫
→医師はいい人だったけれど、おしゃべり好き。(このせいで一人一人に時間がかかるんだろう)

②はスムーズに進んだ。担当してくれた警官は親切だった。

③この部署にはやたらとたくさん警官がいて、親切ではあったけれど
テレビがあった。いくつもの目の追うさきにはオリンピックが…
ワールドカップのときは、五輪にも増して「被害者<テレビ」だったに違いない。

②で書いた書類のコピーを持っているのに、「どうしました」から再びすべて話す。

④「ちょっと待ってくださいね」 「もうすぐだから」 
と言われて、待つこと二時間。また「どうしました」から聞かれ、少しぐったりする。
少し無理をしてでも、朝一番に行くのがいいように思う。



即時に届け出をしたほうがいい場合もあるのだろうけれど、
実感としては、被害当日に行っていたら、まだ神経がぴりぴりしていて
あれこれの細部に受けるショックが大きかったに違いないので
少し落ち着いてから警察に行ってよかったようにも思う。

やれやれ。

2008年8月22日金曜日

防犯対策 (自戒をこめて)

メキシコシティにて、気をつけること。

暗くなったら、特によく知らない道の場合は、決して一人で歩かない。
安全なタクシー(Sitioのタクシー)を呼んで帰るか、
友達の家にいて、泊めてもらえる場合には、朝になってから出る。
 (初めてメキシコに来る前に、イサミさんにそう教わったのだった)

必要最小限のお金
と物だけを持ち歩くようにする。

お金は、分けて持つ。万一どれかを盗られても、少なくとも家まで帰れるぐらいは。

「分けて持つ」に関して言えば、
私の場合、
カバンごと奪われてしまったのだが
鍵は服のポケットに入れており無事だったのが不幸中の幸いだった。電話も身につけていた。

日常と違う何かが起きているときには、注意散漫になったり頼りなげに見えたり…
そういうときにはいやというほど意識して、普段以上に安全に注意する。

隙を見せない。
誰かついてきてはいないか、何か変わったことはないか
、常に周りに注意を払う。

自分の「いやな予感」をあなどらず、耳を貸す。

そして、私は人からも借り物も持っていたので
咄嗟にひったくり二人組みを追いかけてしまったけれど、
武器を持っている可能性もあるので、何よりもまず命の無事を確保することを考える。


…と、まったく恐ろしい町のようになってしまったけれど、
自分の身を守る努力をもっとしていれば、あんな目には遭わずに済んだはず。

この町も、この町の人たち(の大部分)も、とても好きです。
犯罪者に犯罪をおかさせないためにも、くどいほどに注意して暮らします。

2008年8月19日火曜日

再会に元気づけられる

金曜に暴力的ひったくりに遭ってしまい、週末は暗澹たる気分でいた。
Eduの家族に同伴してもらって被害現場に何か捨てられていないか見に行ったり、
警察に被害届を出しに行ったり。

怪我もだいぶよくなった今日、月曜日。

大学のInstituto de Investigaciones Filológicasに行き、
Lourdes Franco先生にお世話になり、図書館の利用証をつくった。

と、ちょうどそこに、二年前の滞在時に指導してくださったFabienne Bradu先生が、
そして1分もしないうちに、当時ゼミを受けたGeorgina先生が懐かしい香水の香りを漂わせて到着。

そして、図書館に再び降りたところで、
以前学部生向けの19世紀メキシコ文学を聴講させてもらったEsther先生にばったり会った。
またメキシコに来ているのね!と、ぎゅっと抱擁。

そして、さらに。
午後、授業前に寄っていたFilosofia y Letrasの図書館を出ようとしたら、
東京の「スペイン語文学研究会」のメンバー、高際さんにばったり。

嬉しいことは存分に喜んで充電しながら、油断せずに生活を改めて始めよう。

2008年8月15日金曜日

多国籍クラス

今学期、聴講生として出席するゼミ 「ラテンアメリカの前衛」。

教室はとても小さく、普通8人ぐらいのための机なのに、初回には12人くらい集まった。
そして先生はやって来なかった。40分くらいして、教室は空になった。

今回は14人になった。
15分が経ち、1人がいなくなりかけた。
入れ違いに先生がやって来て、いなくなりかけた1人は戻った。
先生が話し始めて少ししたら2人更に遅れて入ってきた。計16名。

この授業は人数が多いだけでなく、多国籍。
過半数はメキシコ人だが、ほかにドイツ、イタリア、コロンビア、エクアドル、イスラエル、そして日本。

週に2回の計4時間、楽しみだ。

2008年8月14日木曜日

Dvořák

たくさんの辞書がつまっている電子辞書は、軽くて実用目的に重宝するだけでなく
気軽に引けるので、ちょっと引いてみて思いがけない発見をすることもある。

すこし前のこと、ラジオから流れてきた「新世界より」を聞いて
Eduが言った名前と、私が知っている「ドヴォルザーク」という名前の発音がだいぶ違うので
ちょっと調べてみたら…… (出典は『マイペディア』)

「ドボルジャーク (1841-1904)
チェコの作曲家。ドボルザークともいう。プラハ近郊の宿屋兼肉屋の長男として生まれ、父の反対を押し切ってプラハに上京、オルガン学校を苦学して卒業。……(以下略)」

代表作ではなく、人生物語で始まるところが面白い。
ほかの人名も調べてみたら……

チャイコフスキーは

「ロシアの作曲家。鉱山技師の子としてウラル山麓の鉱山町ボトキンスクに生まれる。1848年ペテルブルグに移り、法律学校を出て官吏となったが、1862年ペテルブルグ音楽院開設と同時にその一回生となり、1863年には退職して音楽に専念。……(以下略)」

サティは
「フランスの作曲家。フランス北部の港町オンフルールに生まれる。6歳でスコットランド人の母をなくし、祖父母のもとで育った。1878年パリ音楽院に入学するが、その保守性に反発し、学業なかばで軍隊に志願。ほどなく除隊し、モンマルトルの酒場でピアノ奏者として生計を立てつつ、ピアノ曲の『3つのジムノペディ』(1888年)など職の代表作を作曲。……(以下略)」

映画の予告編を見ているような気分になる。

2008年8月13日水曜日

例文

メキシコで出版されたスペイン語の教材をめくっていたら、
例文も文化を反映していて面白いと思った。

問題: 次の単語を並び替えて、文章をつくりなさい。
(terminó- muy- fiesta- la- José- de- tarde)

できた文章を日本語にすると
「ホセのフィエスタは、とても遅くまでやっていた」
(直訳するならば、「遅くに終わった」。フィエスタ→パーティー。)
この場合の「遅く」とは、おそらく午前3時や4時のことを言うのだろう。


2008年8月10日日曜日

Metro busにて

金曜日のこと。
指導教官に会いに行くべく、プリントアウトした報告書とメモをいくつか持ってMetrobusに乗り込んだ。

道すがら最終チェックをしよう、とカバンに手を入れたら、筆記具がない…
きっと傘を入れて中身を入れなおしたときに、ペンケースを出してしまったのだろう。

隣のおばさんに ボールペン持っていませんか、と尋ねたら、
ガサゴソ、と探した末に、「何色でもかまわない?」ときれいなピンクのボールペンを貸してくれた。

途中、床に置いた荷物を持ち上げたので、もう降りるのかと思って声をかけたら、
「まだ先だから、ゆっくり使っていていいわよ!」

ようやく全部見直しを終えて、お礼を言ってペンを返すと、
おばさんは受け取りかけて、一言「もし入り用だったら、持っていっていいわよ!!」
とんでもない、とても助かりました、ありがとうございました、と再びお礼を言う。

彼女は、ちょうど次の駅で降りるところだった。
器の大きなおばさんは声も大きく、
周りの席一体には、微笑ましいような雰囲気が少しの間残っていた。

2008年8月9日土曜日

Museo de SHCP

セントロへ行く用事のついでに、Eduが教えてくれたSHCP美術館に、月間案内をもらいに行った。

ソカロのすぐそば、国立宮殿の左側面にあたるCalle Monedaにある、この美術館では
美術展のほかにも、コンサートやワークショップ(絵画や創作)が行われている。

常設展のページを見たら、Antonio Ruizの作品コレクションがあるらしい。
ソプラノ歌手の喉から雄鶏が飛び出している絵の画家だ。
http://www.letraslibres.com/index.php?art=7119

案内には他にも、国立宮殿での映画上映、コンサート、近くの図書館でのコンサートなどの情報が載っていた。
どの催しも、無料あるいはとても手ごろな入場料になっている。
ちなみに、美術館・博物館は、大抵のところは日曜無料だ。

無料の催しが豊富なこと、「文化」の敷居が高くないことは、メキシコシティの魅力のひとつだと思う。

2008年8月8日金曜日

tlazohcamati (ナワトル語で「ありがとう」)

近所にある石造りの冷え込む図書館に、久しぶりに行った。しっかり防寒対策を整えて。

小部屋を借り切ることができたので午前、午後とつかっていたら、
4時前になって、「あと少しで、この部屋を使いますよ」との知らせ。

そういえば、ナワトル語のクラスのお知らせが前からドアに貼ってあったなと思いながら
本やらパソコンやらノートやらを片付けていたら、白髪の女性がやってきた。
「今、片付けます」と言うと、「いいわよ、急がなくて」とにっこり。

このたたずまいは…と思い、ナワトル語の先生でしょうか?と聞いたら、そうだった。
毎日4時から8時まで、二つのクラスを行っているらしい。
日本人の生徒もこれまで何人かいたとのこと。

雨が降り出したので、「ナワトルで雨は何と言うんですか?」と聞いた。
「雨は、quiahuitl。 
ほかに知りたいことばはあるかしら?」

夕方:teotlae  朝:yohuatzinco  春:xopantla  歌:cuicatl  歌う:cuica
悲しみ:tlaocoyaliztli  喜び:paquiliztli  鳥:tototl  ……

次々とノートに書いてもらった。
tli というのは、動詞を名詞にするときに付く語尾なのだそう。

ハッと思い出した。Metztli という友だちがいる。
Metztliというのは、どういう意味ですか? と聞いたら、
「素敵な名前! 意味は、月ですよ」

帰ってから思った。……月の動詞形は、一体??

Metztliには、あと少しで赤ちゃんが生まれる。

2008年8月6日水曜日

ペンギン





2008年8月5日火曜日

息子へのプレゼント

同じ通りに店を構える葬儀屋のおじさんと、会えば挨拶をし、ときどき立ち話をする。

ちいさな息子のダビ君は長いまつげ、つぶらな黒い瞳の持ち主のはにかみ屋で
バレンタインの日にはハート型のシールをそっと渡してくれてから、キャーと奥へ逃げて消えた。

ダビ君は今学期から小学生。きっと今頃わくわくしているだろう。
お父さんは幼稚園の間あることを続けていて、小学校に行ってからも続けるつもりだと言う。
それは、息子の日々の記録。

ダビに何かプレゼントをしたいと考えて考えて、思いついたんだよ。
ともだちと喧嘩をした日、叱られてしょげていた日、ほめられて嬉しかった日、
ぜんぶそこに書き留めてある。大きくなったら、ダビにあげるんだ。

2008年8月4日月曜日

最後のハカランダ

メキシコシティは雨季真っ盛り、木々も草もとても瑞々しい。

春には紫の花で町を彩っていたハカランダも、
今では羊歯みたいな
緑色の葉をフサフサとたくわえている。
先月までは辛うじて花がいくつか残っている木があったけれど、さすがにもう緑一色だ。

そう思っていたら、石畳にぽつんと紫が転がっていた。
思わず手にとって、上を見上げたけれど、目に入るのは緑色ばかり。
別の木の下をさがしたら、もうひとつ、ふたつ紫が落ちていた。

通りがかった夫婦と目が合ったので、
"todavía tienen flores"(ほら、まだ花がついていますよ)と手の中の紫を見せると、
"las últimas..." (もう最後のいくつかね) 

二人は緑を見上げながら遠ざかって行った。

2008年8月3日日曜日

めぐり合わせ、その3

友達が、コヨアカンの片隅の小さなカフェに連れて行ってくれた。
ここはお茶の種類がたくさんあるから、君はコーヒーよりお茶でしょう、と。
心遣いが嬉しい。

hola, とお店の女性と声を交わしたときに、あれ?と思った。この声は…

しばらくして、男の人が入ってきた。この人も見覚えがあるような…
視界の端から入ってくる光景によれば、男性はお店の関係者のようだ。
コーヒーの入れ方をさっきの女性に伝授している。

だいぶ長い間しゃべった後で、行こうかと席を立ちながら、思い切って聞いてみた。
「ご姉妹か親戚に、大学で働いている人はいませんか?」

「私よ! 私も、あなたのこと見たことあると思っていたの。名前は……」
「エイコです」
「Eiko Minami!!!」 と、女性と男性の声が揃った。

二人とも、大学院文学部で働いていて、
特にアンヘリカさんには、前回も今回も手続きでお世話になっている。

まさか、と思ったけれど、ほんとうにつながりのある人たちだった。
男性と、奥さんがカフェを営んでいて、そこにアンヘリカさんが少し前から手伝いに来ているそうだ。

日本人のともだちもいて、お店では抹茶ケーキや抹茶アイスも出すらしい。¡qué rico!

2008年8月2日土曜日

久しぶりね

携帯電話のプリペイドカードを買いに、近所の薬局に寄った。

ちょっと見ない間に、薬局の外壁は真っ白に塗り替えられていた。
カードを取りに奥に入ったおじさんを待ちながら、レジの女性に「壁を白く塗ったんですね」と言うと、

「久しぶりね、だいぶ見なかったけれど、元気だった?どうしていたの?」

領収書を書いてもらったときに、少し会話をしたから、覚えていてくれたのだろう。
そういえば、五月に派手に体調を壊して以来、来ていなかった。
健康だったので、薬局に寄る用事もなかったのだ。

病院の待合室、お年寄りたちの会話:
「○○さん最近見ないけど、どうしたのかしらね、具合が悪いのかしらね」
…という笑い話と、ちょっと似ている。

2008年8月1日金曜日

血の婚礼

友人の出る演劇を見に行った。
演目はフェデリコ・ガルシア・ロルカの『血の婚礼』。

もし筋を知らなかったとしても、
タイトルと、そして第一部の第一幕を見れば、悲劇的な結末が予測できる。

けれども、避けられない運命に向けてじわりじわりと進んでいく舞台を、
おそろしいような、それでも目が離せないような、黒と赤を混ぜたような気分で見つめた。

それから一つ、以前は気に留めなかったことが気になった。
それは「喪に服す」という要素。花婿の母の黒い服。

スペインのとある小さな村に
遠い親戚がいるという知人から聞いた話によれば、
その村では昔、死者が出ると、その家の女性は一年間家から外に出られなかったという。

ある家にとても美しい姉妹がいたが、年頃になった頃に親族の間に不幸が起こり、
そして、ちょうど喪が明ける頃に葬儀が出て、また喪が明けた頃に不幸、そしてまた。
そうこうするうちに結局、二人とも結婚することなく、姉妹助け合いながら年老いた……

劇の中の花婿の台詞を思い出す。
今まで知らなかった従兄弟も来ている。大勢の親族。家から出なかった人たちだ。

本業は役者の友人は、この演目ではギタリストと二人、音楽を担当していた。
客席の下手側バルコニーから、
ラ・ジョローナを歌う彼女のまっすぐな声が届く。
メキシコのあの歌が、妙にスペインの悲劇に合っていた。


2008年7月26日土曜日

軽快なリズム



「やれやれ ようやくできたな」
「あれ?見てみろよ、看板と逆じゃないか?」
「あっ」

2008年7月17日木曜日

トランペットを聴きながら

先日見つけたインターネットラジオが気に入っている。
AccuRadio
という局。チャンネルが豊富で、しかもかなり細分化されている。
http://www.accuradio.com/

たとえばクラシックチャンネルでは、

ヨーロッパのオーケストラ特集、ブラームス特集、交響曲特集、オーボエソリスト特集など、
さまざまな特集が選べる。

今朝はトランペットソリスト特集をかけている。
今までこうしてトランペットソロのある曲をたくさん聞いたことは一度もなかったので、とても新鮮。


ちなみにジャズチャンネルを見たら、ピアノ特集のアーティストリストには、

セロニアス・モンクやビル・エヴァンスらに混ざって、Hiromiの名があって、つい嬉しくなった。


2008年7月15日火曜日

夢見る小麦

Albert Béguin 著、『ロマン的魂と夢』を読んでいて、
こんな引用に目を引かれた。
ドイツの生物学者、G.R.Treviranus (1776~1837)の文章。

「小麦の粒の中には、根や茎や葉や穂のもととなる胚があるわけだが、
その粒は、根や茎などになることを夢見たことがあるだろうか、
自分の中に隠されており、成長する可能性を持ったその胚について意識することができるだろうか、
という問いを発した人たちがいる。

小麦の粒が胚を意識しており、それを実際に夢見ているということは、間違いない。
そのような意識は、かなり漠然としたものかもしれない。
しかし、その意識や夢がなければ、生命はない。」
    (
出典:スペイン語版 El Alma romántica y el sueño、FCE刊、1996年、p.114.)


米を研ぎながら、風を受けて端整に青々とそよぐ田圃を思い浮かべた。 
 

2008年7月4日金曜日

どこまでがOccidente?

メキシコで「私たちの西洋文化(Cultura Occidental)」という言い方に違和感を覚えたことがある。
西洋というとヨーロッパ(特に西欧)とアメリカ合衆国・カナダ辺りの
所謂「先進国」を、なぜか思い浮かべていたから。(『西洋の没落』などの影響?)

メキシコはOccidenteなの?と聞いたら、
植民地支配以降、言葉も教養文化も、Occidenteのものが入ってきたのだからOccidenteだ、
ただしtercemudista(第三世界の)だけど、とアイロニーを交えた返事がかえってきた。

確かに、言葉(そして思考)、宗教(そして習慣)から、芸術、食文化、などを考えてみると
メキシコにはOccidente的要素が大いにある。

さらに考えてみれば、Oriente(東洋)という言葉にしたって、それが含んでいるものは多種多様だ。


広辞苑を引いてみた。

西洋: ヨーロッパ・アメリカの諸国を指していう称。欧米。泰西。⇔東洋

東洋:①トルコ伊東のアジア諸国の総称。特に、アジアの東部および南部、
    すなわち日本・中国・インド・ミャンマー(ビルマ)・タイ・インドシナ・インドネシアなどの称。
    ⇔西洋。
    ②中国で、日本を指す呼称。

スペイン王立アカデミーの辞書も引いてみた。

Occidente: 合衆国および、基本的に同じ社会・経済・文化のシステムを共有する
       様々な国々から構成されるまとまりのこと。
(Conjunto formado por los Estados Unidos y diversos países que comparten básicamente un mismo sistema social, económico y cultural.)


Oriente:アジアおよび、ヨーロッパとアフリカの、アジアに近接する地域のこと。
(Asia y las regiones inmediatas a ella de Europa y Africa.)


2008年7月3日木曜日

尖ったタクシー

雨季の午後、病院からメトロまでタクシーに乗った。

最初に目についたのは、ハンドルとシートベルト。
赤と黒の揃いの革風カバーがかかっている。ちょっと尖った感じのチョイス。

運転手さんは少し強面、体格も逞しい。ちょっと斜めのミラーにうつる目は視線が鋭い。
タクシーメーターをつけなかったので、値段を先に聞いておいた。

ハンドルとシートベルト、かっこいいですね、と言ってみた。視線が少しやわらぐ。
次いで、かかっていたUniversal radioのことを話し、
それからミラーの横に見える何やらの機械について聞いてみた。

これはね、画面だよ。順番待ちの列で、見るんだ。
ここにディスクを入れて、全部手元で操作できる。
テレビも見られるんだよ。

続いてスピードメーターなどのあるパネルに置いてあった
アメフトのヘルメットのミニチュアを取り出して見せてくれた。
聞けば、昔はアメフトをやっていたとのこと。

初めてガツンとぶつかったときのこと、などなど聞いているうちに
雨の渋滞も抜けてメトロに着いた。

と思ったら…

実はね、このステレオはバージョンアップできるんだよ。
普通のカーステレオだけの状態から、まず車の後ろのスピーカーON、
そして何やらスイッチを押すと、高音領域が際立ち、続いてバスがぶんと太くなる。

はい、メトロだよ。
ちょっと照れくさそうに笑った運転手さんに、お礼を言って車を降りた。

2008年7月2日水曜日

三角定規で平行線を引くような

旦先生、石井先生。
20代の頃の話を聞いてしまいました。
この国での日々をどんな風に過ごし、何を考えていたのか、
今日聞いた断片からいろいろ想像しています。


1989年発行のMÉLI-MÉLO(08号)も貸していただきました。
目次だけ転記させてください。

今福龍太 「J・M・G・ル・クレジオ -物語としての民族誌-」
管啓次郎 「対話によるエスノグラフィについて」
加藤正英 「ヴァナキュラー・ポリティクスは可能か?」
赤間啓之 「分類に物語がつくれるか?」
Andrew Brown 「Love stories」
Gabriel Weisz Carrington 「Mathematics of Introspection」
港千尋 「HANDS (1988)」
村田千春 「白菜の父」
旦敬介 「おはよう、フリーダム・ビーチ(上)」

ページをめくるたびに、
錚錚たるメンバーの現在の言葉や声の描く線に三角定規を二つあてて、
時を戻して平行線を引いてみているような (それは平行ではないかもしれませんが)
不思議な感じがします。

そして、(身の程をわきまえずに) ライバル心をも抱きました。

2008年7月1日火曜日

おじいさん運転手さん

Revoluciónを渡ったところで、ちょうどよく目当ての行き先のmicrobusが来た。
"San Angel, por favor"とコインを渡すと、
ゆっくりと受け取ってくれたのはがっしりとした皺だらけの手。
外見や仕草から見るに、ゆうに70代後半を越しているに違いない。

おじいさん運転手さんは、
通り過ぎるバス停の名をひとつひとつ声高にアナウンスしてくれ、
 (普通、アナウンスはない。初めての場所へ行くときは、着いたら教えてくださいと頼んでいる。
  そうでないと、自分がどこを通っているのだかさっぱりわからない)
次々乗り込む客の行き先を告げる声に、ひとつひとつ言葉を返していた。

仲間のバスとすれ違えば、男友達同士がガシっと抱き合うような格好でゆったりと腕を上げる。
(もちろん、片手だけ。もう一方の手はハンドルを支えている)

これまで何キロの道のりを、何人のお客さんを乗せて走ってきたのか、
歴史を刻んだ太い木の幹のようなどっしりとした運転手さん。

フロントガラスには、
運転手さんと同じお茶の水博士のような髪型 (しかも白髪)の、
笑顔のバービー人形の首がぶらさがっていた。
それもどこかユーモラスでいい感じだった。

2008年6月20日金曜日

自転車の町(SF回想)

Palo Alto でとても気に入ったのは、自転車の居場所が確立されていること。道路が平らで走りやすいだけでなく、


自動車が王様のようなメキシコシティと違って
自動車は自転車に気を配ってくれるし、

(法律で定められているからだという話も聞いたので
 ドライバーの心がけの問題ではなく、 
 訴訟大国であることも影響しているのかもしれない)





歩行者と自転車の住み分けもしっかりしている。

東京を訪れたメキシコ人夫妻が、
自転車がいつどこから来るかわからないのがこわいと言っていたが、
こんな風に住み分けができていれば、加害者になることもない。







電車の駅には駐輪場が整備されていて、
それほど自転車の台数が多くないからかもしれないが
放置自転車をみかけることもなかった。










電車にも自転車を乗せられる車両がある。

日本のある電車路線で、廃線寸前に追い込まれていたところ
自転車持込可にしたら利用者が増え、
経営が持ち直したという話を思い出した。






坂の町サンフランシスコでは、バスの顔面部分にこんなスペースを見つけた。

人類の発明の歴史で一番は
コンピューターか、はたまた歯ブラシか、
という話を聞いたことがあったが、自転車も相当なものだと思う。






2008年6月13日金曜日

カリフォルニアの紫樹、紫陽花


スタンフォード大のキャンパスを案内していただいた日から

「あの紫は、もしや…」と思っていた。
滞在最終日、帰りがけに自転車で近づいてみると、やっぱりハカランダ!

辞書には熱帯アメリカ原産だと書いてあったけれど、
あの涼しさでも大丈夫ならば、日本でも植えれば育つのだろうか。






サンフランシスコの紫陽花。
メキシコでもちょうど紫陽花がきれいに咲いている。日本でもきっと。
気候は様々なのに、面白い。南半球でも、半年違いで一斉に咲くのだろうか。

2008年6月12日木曜日

待っててね
















日曜日のPalo Altoにはマーケットが立ち、家族連れで朝から賑わっていた。
農家の人たちが直接売りにくる野菜や果物や花、
チーズにソーセージ、パン、クレープ、メキシコ料理、それに男性コーラスのハーモニー。



マーケットは自転車とペットの立ち入り禁止。
犬はおとなしい笑顔で飼い主の帰りを待っていた。



2008年6月11日水曜日

Training car

坂の町サンフランシスコの名物、ケーブルカー。

発着点のPowell駅に降りてくると、
線路から方向転換用の回転盤に車体を移し、
人力でぐるりと方向転換して、また人力で線路に押し上げる。

「研修中の車両 」が、なんだか「筋力トレーニング用車両」にも見える。

2008年6月10日火曜日

City Lights Bookstore

一週間のサンフランシスコ滞在はあっと言う間に過ぎてしまい、
いつの間にかメキシコにて書く回想記になってしまった。

Colombus St. にある有名な書店 City Lights Bookstore.

ショーウィンドウのディスプレイも目を引く。
この窓は、ビート・ジェネレーションコーナー。
バロウズと言えば、思い出すのは……






板張りの店内には、あちこちに
こんな手書きの張り紙。
お勧めどおり椅子に座ってすっかり本に没頭している人もちらほら。






壁に貼ってあった「↑poetry room & beat generation」の張り紙に導かれて
階段を上り始めたら、こんなところにも手書きの…











ぎし、ぎし、と上りきってPoetry roomへ.
明るくてとても居心地がいい。
ここにも手書きのhave a seat and read a book.

洗練された空間、手作りの暖かさ、厳選された本、
そのバランスでこの本屋さんの魅力が生まれているのだろうと思う。

一冊本を買った。「袋はいりますか?」
本当はなくても大丈夫だったけれど、
City Lights Bookstore の袋がほしくて入れてもらった。

2008年6月4日水曜日

枝ぶり


Stanford図書館二日目。今日は自転車を貸してもらい、行きも帰りもスイスイ。
自動車が自転車や歩行者を大いに気遣ってくれるのが嬉しい。

構内の木々の枝ぶりがなんだか気になる。端整で立体的、大型の盆栽みたい。
気候や木の種類によるところもあるのだろうが、剪定の好みもあるのだろう。
枝ぶりに見るお国柄、なんていうのも面白そうだ。

木漏れ風からは、楓でもないのにメープルシロップのようないい香りがしてきて、
つい、深呼吸。

2008年6月3日火曜日

本を探しに

本を探しに、サンフランシスコまで。
Univ. StanfordのGreen図書館には
UNAMよりもメキシコ文学の本が揃っている…

美術関係の本の書庫は「倉庫」という感じで
書架を通り過ぎる毎に「カチ」「カチ」とセンサーで蛍光灯が灯り、
気分がザワザワする。どこからか人の気配もする。



モスクワ大学に次いで広大というキャンパスには
自転車が行き交っている。
日本のシティサイクルとは違うけれど、
たくさんの自転車が駐められているのを見てなんだか懐かしくなった。