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2011年12月22日木曜日

solsticio


冬至=Solsticio de invierno.
2011年12月22日。
写真は今年の12月5日午後3時前に撮った。
同じ場所に同じ時刻に行ったとしても
景色も光も、それを見る自分の感覚も大きく変わっている。

"vida"ということばを日本語で何と訳したらいいのか、
いまだにわからない。
人生、生活、命、
すべてを包含する「生きること」。



2011年9月10日土曜日

宇宙の上と下




コスモスの咲く辺りに行ってみたら、
例年になく茂ったままになっていた。

みるみる傾く日を斜めに見ながら写真をとってきて、
家で画像をひらいて見てみると、
上下の感覚がさかさまになるような
まっさかさまに墜落していくような、不思議な感覚を受けた。


2011年8月25日木曜日

嗅覚の旅

札幌のモエレ沼公園の、ガラスのピラミッドで
管啓次郎さんの詩と佐々木愛さんの絵の展示「Walking 歩行という経験」
が、9月4日まで行われています。

(詩と絵の関係は、
 二羽からなる、小さな渡り鳥の隊列のようで
 互いに同じ方位をめざし、同じ風にのり、
 しかし自らの羽ばたきによってそれぞれが飛んでいる、という感じを受けます)


8月6日、札幌でもひどく暑い土曜日の朝、
モエレ沼の水源をめざして、てくてくと歩くウォーキングイベントがあり、
帽子をかぶって、飲み水を携えて、歩く列に加わって来ました。



途中、上空からぴーひょろろと聞こえてきたので
「あっ、とんび」と、つい誰かに言いたくなって、後ろを振り返ると、

絵美さんという元気な女性が
「とんび、よくいますよ。わたし、北海道出身なんです」
(カラスがとんびの声を真似ることもあるらしい)

大学院で学ぶために4月から東京に暮らしていて、今回は初めての帰郷だ
と話してくれたので、
北海道を離れて東京に住んで、戻ってみて、いま何か思うことはありますか、
とたずねると即座に

「におい、ですね。
札幌はこんなにおいがしていたのか、と、初めて意識しました」

たしかに、前日に行った東川町でも、モエレ沼付近でも、
風に複雑で豊かないいにおいが満ちていることに、うすうす気づいていた。

そこで、「草の、いいにおいがしますよね。」
と言ってみたところ、
「これは、川のにおいですよ。」

たしかに、わたしたちは、小川の脇を歩いていた。
目を丸くして、絵美さんのほうを見ると、

視線を受けて、あらためて風を吸い込んだ彼女が、こんどは
「上のほうは川のにおいがして、
 下のほうは、草のにおいがします。」

風のにおいに層があるなんて、
思ったこともなかった。

知れば、意識すれば、
うまくすれば、いつかそれをかぎわけられるかもしれない。

そういえば、テオティワカンの月のピラミッドのてっぺんで
門内幸恵さんは、いいにおい、と
何度も、嬉しそうに、深く、深く、息を吸い込んでいた。
幸恵さんの感じている世界も、きっと私などよりずっと複雑で豊かなのだろう。



2011年8月24日水曜日

忘却に抗う百日の紅



ある年の夏から、百日紅(さるすべり)の花が目に留まるようになった。

可憐に見えるのに、
ひとが噂を忘れてしまうだけの日数を過ぎてもなお、
「忘却の柔らかい花」に抗して、
紅に咲き続けるつよさをもった花なのか。






2011年7月15日金曜日

木漏れ日は太陽の形


いつのことだったか、
皆既日食が見られるという年に、
木漏れ日の形を見ていれば、太陽が欠けていく様子が観察できるらしい、
とTVニュースの一部で見た。
その仕組みについても、説明を聞いたときには「へぇ、そうか」と思ったものの、
今では残念なことにすっかり忘れてしまった。


が、そのことを、7月11日の正午ちかくに、突然思い出した。
夏の太陽に照らされた桜並木の下の地面が
〇、〇、〇、〇、〇、〇、太陽でうめつくされていたのだ。


小鹿の背のもようは、森の木漏れ日に紛れるための擬態なんだって!
と、東京からメキシコシティにメールをもらったのは、
いつのことだったか。


水のきれいな砂の白い海で、シュノーケルとchalecoをつけて泳いでいたところに
ちょうど通りかかり悠然と泳ぐ大きな亀の甲羅のもようが、
海の底にゆらゆらと揺れて見える日光のもようと同じだと気付いたのは、
いつのことだったか。


2011年7月2日土曜日

少女


 「オクラを栽培するときはこんなふうに
 ――家から離れたところに植えること、オクラの茎には赤蟻がつくから」


というジャメイカ・キンケイド「少女」の一節を
最近ふたたび読んで「あっ」と思い出しました。

オクラの鉢はベランダにありますが、
それでも透明のたまごのようなものが時折つきます。
土の上に鉢を置いていたときに、住みこんだのか。

2011年6月30日木曜日

トウガラシのひと

6月の初め、トウガラシの緑に少し変化がありました。

(写真は少し暗いくてわかりにくいのですが、
この時点では、左から二本目が、ほんのり赤みを帯びています)









さて、6月も最後の今日、トウガラシのひとたちはすっかり鮮やかな赤です。




見習いたいものです。



2011年4月19日火曜日

「人の世は」


「人の世は悲しい。」
と、尊敬し敬愛する詩人からのメールにあった。
現在起きていること、
起きるまで、その危険に気づくことができなかったということ、
 (しかも、警鐘を鳴らしている人がいた、にもかかわらず。
  その声の存在すら、知ることができていなかった)
これから起きるかもしれないこと、、、
人の世は悲しい、確かに悲しい。

外を歩くこと、
仏像と「対話」をする人がいるように、
(私には、今のところそれができない)
木々を相手に対話をさがしてみることが、
私にとって、今を生きるひとつのよりどころになっている。
(でも、この梅の木だって、人が植えたものだ)

2011年4月17日日曜日

りんごの花びらが


詩人・翻訳家の、くぼたのぞみさんのブログで、
りんごの花がお好きでいらっしゃることを知り、
先日撮った、鉢植えのりんごに咲いた花の写真を載せてみます。


2011年4月7日木曜日

トウガラシに二つ目の花がひらく



独立心旺盛で外向的な鈴蘭のように
下向きについた白いつぼみが
ひとつ、ひとつ、思い切りよく開いて咲くので、
下から見上げるようにすると、こんな風に見えます。

おしべが「リュウノヒゲ」の実の色に似ている。


2011年3月29日火曜日

トウガラシ開花




乾燥した赤トウガラシからとった種を
試しに植えたのが、
ひょっこり芽を出して
頼もしく育っているトウガラシの小さな鉢植え。

いつだったか、白い花芽のようなものを見つけてから
ずっと楽しみに待っていたのですが
ついに、花が開きました。


2011年3月5日土曜日

リトル・メキシコ




家の中の小さなメキシコ。


2011年2月13日日曜日

雪のあと


東京の雪。
わたしの住んでいる辺りでもそれほどたくさん降り積もったわけではないのに、
ご近所の玄関先で雪だるまをひとつ、
公園では、もと雪だるまといった風情のものをひとつ見かけました。

自分が雪だったら、
アスファルトの道路より、こういう草地に降りたいものです。
しかも、空から降りてすぐ土の地面にしみこんで地中に向かうのではなく
仲間と寄り集まり、横になってしばらく日向ぼっこなんて、贅沢な感じがします。

2011年2月1日火曜日

ひいらぎかざろう?

スーパーの果物売り場の脇に、
「ひいらぎ」の札。

頭のなかに一瞬 「?」 が浮かび、
そのあとに鰯の頭のイメージが出てきた。


鬼も寒かろうから、冬のうちは出て行かなくていいけれど
福は、入ってきてほしい。

2011年1月11日火曜日

冬咲きレモン


今年も、部屋の鉢植レモンは冬に咲きそうです。

白い蕾は、どれもうっすらと紫がかっています。

日々、次第にくっきり見えるようになってきた切れ込みは
かすかなレモンの黄。
少しずつ花びらのかたちが見えてきます。


2011年1月4日火曜日

新年の願い


↓




ということが、
あちらでも、こちらでも、
あのひとにも、このひとにも、
あんなことにも、こんなことにも、
起こる年でありますように。



2010年11月27日土曜日

ブーゲンビリア?




黄色、茶色、赤の秋色落ち葉に気をとられて
視線が下に向きがちだったところに、突然、別の色調が飛び込んできて

「えっ ブーゲンビリア?」

でも、秋の多摩にブーゲンビリアがあるはずがありません。

顔を上げたら、サザンカでした。





次の写真が、メキシコで撮ったブーゲンビリア(奥の木はハカランダ)。
花のつくり云々はさておいて、
見た目に受ける印象では、青みのあるなしが、一番の違いでしょうか。




2010年11月21日日曜日

En busca del sol




En busca del sol





Sol encontrado

El paso del tiempo





En el mismo lugar, hacia la misma hora,



En un poco más de una semana...


Pero me gusta también el otoño,
cuando comienzan una nueva vida las hojas.

2010年10月27日水曜日

咲きつくして






   晩秋のようにピンと冷えた空気に影響されたのか、
   それとも、全体に花盛りを少し過ぎた頃だったからか、
   いっぱいに咲きつくした後の
   しかもまだ少し瑞々しさの名残のあるようなコスモスに、
   むしろ心ひかれた。
   まだそんな年ではないだろうに。