「人の世は悲しい。」と、尊敬し敬愛する詩人からのメールにあった。現在起きていること、起きるまで、その危険に気づくことができなかったということ、 (しかも、警鐘を鳴らしている人がいた、にもかかわらず。 その声の存在すら、知ることができていなかった)これから起きるかもしれないこと、、、人の世は悲しい、確かに悲しい。
外を歩くこと、仏像と「対話」をする人がいるように、(私には、今のところそれができない)木々を相手に対話をさがしてみることが、私にとって、今を生きるひとつのよりどころになっている。(でも、この梅の木だって、人が植えたものだ)