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2007年8月25日土曜日

歌声図書館

メキシコ国立自治大学の中央図書館一階は、
賑やかなことがしばしばあった。
しかも、なんだか朗らかな賑やかさなのだ。

背の高い大きなガラス窓に囲まれた閲覧・自習スペースでは、
勉強している人、昼寝している人の他に、
カップルが楽しげに小声で話してくっついたり、
グループで何かの相談をしていたり。

その朝座った席の目の前にいたおじさんは、
集中できなくなると 音読したくなる性質らしかった。
低くていい声だった。
そのうちもっと集中力が切れたらしく、ビブラートのきいた鼻歌が始まった。
さすがにちょっと困って視線を送ったら黙ってくれた。

昼を食べて再び図書館に戻り、うつらうつらしていると
どこからか女性の歌声が
すっかり目が覚めて声の出所を探す。
二つ向こうの机に陣取り、ヘッドホンをつけて歌うおばさんを発見。
今度の歌は鼻歌なんてものではなく、歌詞もしっかりついている。
私が彼女から目を離せないでいると、私の隣に座っていたおばさんが
「あの人、ヘッドホンしてるから気づかないのね。」
二人で目配せをし、苦笑。
しばらくすると、気分が盛り上がったのか
次第にボリュームが上がってきた。
新たに歌声ゾーンにやってきた男の人も、
座ってしまってから歌声おばさんに気づいて苦笑する。

あまりに気持ち良さそうだったので誰も何も言えず、
暖かい昼下がりの図書館は、
何人かの困った顔と、おばさんの朗々とした歌声と
ふふふ、くくく、という笑いでいっぱいになった。

2007年8月24日金曜日

夜のチャプルテペック

ある夜、チャプルテペック公園を散歩した。
普段、夕方は4時半に閉まってしまうのだが、

その頃は毎週水曜夜に定員40人の夜散歩ツアーをやっていると聞き、
情報誌の記事を切り抜いて幸恵さんとヨン君を誘った。


サン・アンヘルで待ち合わせ、チャプルテペック直通のバスに乗る。
が、これが失敗で、すっかり夕方の渋滞に巻き込まれ、

ようやく着いたと思ったら、開いている門がなかなか見つからず
集合時刻にわずかに間に合わなかった。

門衛のおじさんに「夜の散歩に来たんですけど」と言うと
「もう定刻過ぎてるから入れないよ。」

いつもはみんな時間にルーズなのに…がっかり。
ヨン君が「ぼくたち、明日国に帰るんです、今夜が最後のチャンスだったのに…」。
彼の滞在はあと2年、私たちはあと半年残っていたのだが気にしない。
ほかにも間に合わなかった人たちが到着し、
それぞれがっかりし、ぐずぐず留まった後に立ち去って行った。

諦めきれない私たちは、まだそこにいて、おじさんとあれこれ話を続けた。
ヨン君はいつの間にか日本人ということになっている。
メヒコには親日家が多い。

ふと、おじさんの気が変わり、
「はるばる来たんだから」と、そっと中に入れてくれた。
「散歩し終わったら、門が閉まる前にちゃんと出るんだよ。」


ぞろぞろ連れ立って歩く見学客の後姿を横目に、
人気のない夜の公園を3人で好きに歩き回る。
おなかが空けば持っていた菓子パンを分け、
「私、かわいい?」という韓国語のフレーズを教わって
そんなフレーズを普通に使うことに驚いたりして、

日韓文化の差にワイワイ盛り上がりながら、
巨大な公園の中の

湖、英雄少年たちのモニュメント、チャプルテペック城の3箇所を回った。

だらだら坂を上って城の入り口まで着くと
「一体どこから入ったんだ」と驚かれ、 適当にお茶を濁す。
「公園にいたら、いつの間にか人がいなくなって、気づいたら出られなくって」
怪しみながらも、守衛さんは中世スペイン展の夜間観覧イベントのチラシをくれた。

「今日は入れてあげられないけど、今度は予約して、これを見に来るといいよ。」

入り口まで戻ると、さっきの門衛のおじさんはもう交代していて、
事情を知らない新しい門衛さんの横を、

我々アジア人3人、何事もなかったかのように外へ出た。

2007年8月21日火曜日

虹のかけらをつれたおばさん~2006年2月のメキシコ日記より~

ある朝のこと。
大学へ行こうとぺセロ(乗り合いバス)に乗りこみ、発車を待っていた。
ふと見ると、
斜め前の座席の背に、小さな虹のかけらがたくさん。

どこから?と探すと、すぐ近くに虹のもとが見つかった。
隣の席にいるおばさんの黒い上着に、
グリンピースより小さいくらいの、

丸やひし形や正方形の、たくさんの銀色の飾りがついている。
そこにメキシコの強い陽の光があたって、
小さな虹がばらまかれていた。

「虹をつれてますね」と言うと、
「あら、ほんと」。
自分の上着を見て、虹のかけらを見て、
興味深そうにしている。

バスが動き出して光の向きも変わり、

私の前の席に虹が来た。
持っていた紙で虹を拾うと、
「あなたの顔にもうつってるわよ」

私が降りるとき、おばさんは声をかけてくれた。
「またね、気をつけて」

私の顔にうつった虹は、
バスを降りたら消えてしまった。残念。
おばさんはあの後、虹を連れてどこまで行ったのだろう。

2007年8月18日土曜日

詩人との待ち合わせ ~2006年6月のメキシコ日記より~

2006年ワールドカップの最中のある日、
詩人であるPedro先生とクラスメイトと、
アルゼンチン料理屋で昼食の約束をした。
場所はコンデッサという、メキシコシティ一番の洒落た地区。

「Alfonso Reyes通りとCosala通りとの角にある
11という名前のお店に

1時45分に待ち合わせよう」というメールが来た。

先生は無類のサッカー好き。
その日の試合は2時キックオフだった。
この頃、メキシコシティの多くのレストランでは
テレビを置いて、ワールドカップの中継を流していた。

地下鉄を降り、1時45分ごろAlfonso Reyes通りに到着。
通りに入ってすぐのところにアルゼンチン料理屋が一軒ある。
でも名前は「22」。Cosala 通りと交わってもいない。

レストランの駐車場係りのおじさんに、
この通り沿いにもう一軒アルゼンチン料理屋がありますかと尋ねると、
「あるよ、10って名前だよ。」

11?10?22?
11-1か11×2か。どちらも間違えそうな名前。
22の店内を見渡すと、知った顔はいない。

友人に電話をかけてもつながらない。
しょうがないので、10を目指すことにした。
10に向けて歩いていると、友人から 電話がかかってきた。
「電話くれた?」
彼は、きっと22が約束の場所だろうと言い、そこへ戻る。

22に戻って友達と落ち合い、
「角の通りの名前が違わない?」と言うと 「確かに。」
22にはまだ先生の姿はない。
もう2時なので、サッカー好きの先生はきっと店に着いているはずだろう、
ということになり、 二人で10を目指す。
10は確かにCosalaのそばにあった。 でも先生の姿はない。
アルゼンチン料理屋11があるかもしれない、と、Cosalaを少し先まで歩いてみる。
それらしいお店はない。
10に戻ると、先生の姿が!

「先生、ここは11じゃなくて10ですよ」
「え?そうだった?ははは」

10は、マラドーナの背番号から来ているらしい。
試合は2-2だった。

ときどきゴール付近の映像に釘付けになりながら、
サッカーと詩の共通点について、 ワインの至福について、
部屋にこもって仕事をするときの、儀式的夕食についてなどの話を聞き、
牛の首の肉、チーズ、ステーキにバスクワイン…

数に頭をひねった後には、美味しく刺激的な昼食が待っていた。