日本で出版される本を見ると、カバーの部分に定価が印字されているけれど
メキシコの本には、それがない(ただし、ISBNを示すバーコードは印字されている)。
本全体を包む薄いビニールのカバーの上に値札がついていることが多く
それがない場合は、店員さんに尋ねれば
バーコードをつかって、あるいはタイトルと著者から検索して、いくらか教えてくれる。
本の価格は、古書店でなくても、書店によってかなり違う。
(私は数回しか利用したことがないけれど、El Sótano は比較的安いと聞く)
また、大手出版社・書店のFondo de Cultura Económicaの場合だと、
出版されてからある程度時間が経つと(1年?2年?詳しくはわからない)
値札シールに二行目が出現、
そこには新刊本の値段から10%割り引かれた数字が印字される。
それから、上記のFondoや、Siglo XXI、Porrúa, それに大学の出版局などの
直営書店の場合には、
メキシコの大学が発行した学生証を会計の際に提示すれば、
それぞれの出版局が出した本は、かなり大きな割引率で購入することができる。
たとえばメキシコ国立自治大学(UNAM)の場合には、
半額に、あるいは25%引き(共同出版の場合)になる。
メキシコ市に留学したときの実感からいうと、
あの町で生きていく上で最低限必要な諸経費(食費、交通費、住居費など)に比べると
書籍の値段はだいぶ高いので、学生には嬉しい配慮だと思う。
今回のメキシコ滞在中、8月30日にFondoの書店で Venta nocturna という催し
(夜の大売り出し、とでも訳せるだろうか)があった。
6時ごろから始まり、夜の12時までで、
Fondoの出版物は40%引き、ほかの提携各出版社の本も大いに値引きするというもの。
メキシコ市でもっとも大きなFondoの支店、Rosario Castellanos店(Av. Tamaulipas)に行くと
店内は、日本のデパートのバーゲンセール、レディースフロアーぐらいに混んでいて
仮設レジがいくつか用意してあったにもかかわらず
各自何冊も抱えて並ぶ大勢の列はなかなか進まず、結局40分か50分ぐらい待った。
レジ待ちの間、なにやらトークショーのようなものが聞こえてきた。ある女性客のコメント:
-メキシコ人には本を読む人が少ない、なんていうけれど
そんなことを言う人には、この光景を見てほしい!
そういえば、毎年、旧市街(の、Palacio de Mineríaだったか?)で開催されている
ブックフェアに行ったときにも、ほんとうに大勢の人が来ていることに目を見張ったことがある。
文化が、そして読む、知る、考えるということが、
それを楽しみたいという思うすべての人にとって手に届くものになるチャンスがあるのはいい。
2012年1月18日水曜日
Rubén Darío が生まれた日
「モデルニスモの父」と呼ばれる
ニカラグア生まれの詩人Rubén Daríoの誕生日が1月18日だったことを、先日知った。
メキシコの新聞El Universal
オンライン版の文化欄に載っていた記事によれば
ニカラグアでは、今週、
ダリーオの生誕145周年を記念するさまざまな行事がとりおこなわれるとのこと。
柳原孝敦先生の『ラテンアメリカ主義のレトリック』(2007)のなかの
ダリーオをめぐる章の重要なエピソードを思い出した。
1910年、メキシコで開催される独立百周年記念式典のため
ダリーオはニカラグア特使としてメキシコに船で向かったが、
その途上、本国ニカラグアで政変が勃発し、大統領が交代。
メキシコ政府は、ダリーオ(=前政権に任命された特使)を
正式なニカラグア代表として迎えなかった。
この出来事に「メキシコ市のとりわけ若き知識人や学生たちは激怒した」。
と、この部分だけを抜き出してみただけでは、
ダリーオ更迭事件と「ラテンアメリカ主義」との関係、
アメリカ合衆国がどう絡んでくるのかは、見えてこないのだけれど、
ダリーオ誕生日の今日1月18日に
2012年時点の目と頭と感覚で、
もう一度、あの章を読み直しておこう。
2011年9月8日木曜日
2008年11月12日
本棚の整理をしていたとき
Elena Poniatowskaの短編集、De Noche vienes(1979)を開いてみた。
2008年の秋、
メキシコシティのコンデサ地区にある、こぎれいで洒落たつくりの大書店
Fondo de Cultura Económicaの「Roario Catellanos」店で
別の本(なんだったか…)を買ったときに、レジで、もらったもの。
背表紙には、「販売禁止」の文字。
どういう経緯で無料配布していたのか
情けないことに、当時はちゃんと確認してみなかった。
三年越しに本のただし書きを読んでみたところ
これは1980年から続いている試みで、
毎年11月12日(メヒコの誇る才媛/詩人であるソル・フアナの誕生日)を
「本の日」と定め、良書(…と言っても定義は難しいが)を読む習慣を広めるべく、
著者や出版社の協力を得て、毎年、一冊の本を特別に印刷して
書店員や編集者が配布している。
(未来の読者に手渡す、という感じだろう)
奥付の発行部数を見たら、35,000部という大きな数だった。
こうした試みの裏にだって、いろいろな駆け引きがあるのかもしれないけれど、
自分が身を置いている、このくにの暦のなかで、
「~の日」と名づけられた、休日になったりならなかったりする
(そして、日付けが決まっていたり、可動式にされていたりする)
数多くの記念日のあり方について、考えさせられる。
2011年8月24日水曜日
ろうそくの灯が一つでもあれば
2011年8月8日、勁草書房から
管啓次郎・野崎歓編『ろうそくの炎がささやく言葉』という
詩や短編のアンソロジーが刊行されました。
大切に、大切に、
しずかに読んで、声におこして読んで、
何度でも読み返したい本です。
私がはじめてこのアンソロジーにおさめられた作品を「読んだ」のは
刊行に先だっておこなわれた朗読会のときでした。
実際には、「読んだ」のではなく、朗読を「聞いた」のが、
このアンソロジーの「読書」体験の幕開けでした。
6月末の、ある夜のこと。(表参道にて)
ふんわりといい香りのする、ちらちら揺れるろうそくの光を受けて
声に出され、耳から「聞く」ことばは、
驚くまでに鮮やかで生き生きとしたイメージの広がりを可能にし、
同じ空間(朗読会の会場)が、
「読む」ひと(作者・詩人)の声によってまるで異なる場所になってしまう、
強烈な、穏やかな、刺激的な、幸せな夜でした。
このような強烈な「予・読書」をした後、
8月に本が手元に届き、こんどはひとりで、黙って、文字として読みました。
そして次に、作者以外の読み手の朗読で「聞く」、という体験をしました。(札幌にて)
ついで先日、作者および訳者のかたがた、それから装丁を手掛けたかたの朗読で「聞く」
という体験をしました。(青山にて)
さて、家に帰って、改めて本を開くと、
アンソロジーに収められた作品のかずかずが
まるで、小さいころに
何度もくり返し読んだ絵本だとか
何度もくり返し歌ったうたのように、
とても親しい、大切なことばとして、身にしみこんでいることに気づきました。
この現象、というか、出来事というのか、
このことについて、頭で理解し説明するのが難しいのですが
執筆者のかたがたが、
震災と津波と事故をおもい、2011年初夏の日本の状況を前にし、
それぞれの仕方で、ことばをつづった、
そのことばの書かれた状況の強度、あるいは緊張感、とでもいえるようなもの
(それを越えたところで文章が書かれ、文字となり、印刷されたということ)が、
きっかけになって起こったことなのでしょうか。
その昔(と言っても、地球の歴史からすればつい最近)
印刷術が発達していなかったころ、
本は「聞く」ものだったということ、
ちいさいころ、まだことばもほとんどわからず、
ましてや文字など読めなかったころ、
本は「聞く」ものだったということ、
ある場所にろうそくが一本あり、
その灯りに照らされて本を「読む」声があれば、
その作品の「灯り」をうけとる人は無数に開かれているということ。
いろいろなことを考えながら、
今夜ももういちど、ページを開いてみたいアンソロジーです。
長くなりますが、以下に、執筆者とタイトルをうつしておきます。
(勁草書房ホームページより引用、
-----------------------------------------------------
ろうそくがともされた[谷川俊太郎]
赦(ゆる)されるために[古川日出男]
片方の靴[新井高子]
ヨウカイだもの[中村和恵]
ワタナベさん[中村和恵]
わたしを読んでください。[関口涼子]
白い闇のほうへ[岬多可子]
今回の震災に記憶の地層を揺さぶられて[細見和之]
祈りの夜[山崎佳代子]
帰りたい理由[鄭暎惠]
ジャン・ポーラン よき夕べ[笠間直穂子訳]
哀しみの井戸[根本美作子]
文字たちの輪舞(ロンド)[石井洋二郎]
マグニチュード[ミシェル・ドゥギー/西山雄二訳]
エミリー・ディキンソン (ひとつの心が…)[柴田元幸訳]
インフルエンザ[スチュアート・ダイベック/柴田元幸訳]
この まちで[ぱくきょんみ]
箱のはなし[明川哲也]
ローエングリンのビニール傘[田内志文]
あらゆるものにまちがったラベルのついた王国[エイミー・ベンダー/管啓次郎訳]
ピアノのそばで[林巧]
めいのレッスン[小沼純一]
語りかける、優しいことば──ペローの「昔話」[工藤庸子]
しろねこ[エリザベス・マッケンジー/管啓次郎訳]
月夜のくだもの[文月悠光]
樹のために──カリン・ボイエの詩によせて[冨原眞弓]
天文台クリニック[堀江敏幸]
地震育ち[野崎歓]
日本の四季[ジャン=フィリップ・トゥーサン/野崎歓訳]
フルートの話[旦敬介]
川が川に戻る最初の日[管啓次郎]
あとがき
写真家、装幀家より[新井卓/岡澤理奈]
---------------------------------------------------------
2011年6月6日月曜日
グリーン
昨年だったか、今年のはじめだったか、
楽しみのためというよりも
何かを「知りたい」という動機で読んだ本のなかで、
あたまを離れないものがある。
それは、トビー・グリーン著『異端審問 大国スペインを蝕んだ恐怖支配』
(小林朋則訳、中央公論社、2010年)。
私に強いインパクトを残したのは、
扱われている題材や資料の性質のためだけでなく、
おそらく、次の二つの理由による。
まず、大半が歴史的資料の調査結果に基づく
考察・記述からなる研究書のところどころに、ふっと、
このような大変なテーマに取り組んだ著者の苦悩が、
姿を現すから。
たとえば、本の終わりのほうにでてくる、こんな一節に。
「たいていの人と同じように、私も異端審問について耳にしたことはあった。
しかし古文書を読む孤独な作業を始める前には、どれほど膨大な
情報を見つけることになるのか、まったく分かっていなかった。
恐ろしい苦悩やサディズム、自己喪失などの記録を読んでいると、
この世は夢も希望もないと思えてくる。これほど組織的な虐待を、
どうやって整理・分析して学問的に考えればよいか、見当も付かなかったのだ。
言葉で表現しようがなかった。
ときには、読んでいる物語のせいでなく、読みたいと思って古文書に戻る自分の冷酷さが
異端審問官たちが調査を実施したときの冷酷さと同じではないか
と幾度も感じられて、悲しくなることもあった。それでも、抵抗の逸話を見つけたときは、
威圧的で埃っぽい読書室で感じていた悲しみが、いくらかは晴れた。
またときには、制度が深い悲しみを残しつつも衰退していく様子に、
慰められることもあった。」 (第12章、p. 430)
二番目には、
異端審問に限らず、ほかの様々なことにも当てはまるであろう、
鋭い指摘が含まれているから。
とくに、次の箇所。(ここにも、著者は姿を現している)
「~の件では、こうした疑問に異端審問官たちはほとんど関心を持たなかったようだ。
それでも、ときには一部の審問官が、自分の動機に疑問を感じ、
なぜこれほどまでに他人を傷つけたがるのかと自問したのではないだろうか。
そう思っても、古文書は何も答えてはくれない。
沈黙が下りる公文書館で苦痛を研究していても、帰ってくるのは沈黙だけだ。
それでも、やがて一つの推測にたどり着く。
異端審問官たちが、あれほど冷酷な目的意識をもって囚人を拷問できた理由は
ただ一つ、
自分たちが絶対に正しいと確信していたからだはないだろうか、と。」
(第三章、p. 128)
なにかを信じることの大切さ、というのもある。
とくに、人と人との関係においては。
けれど、その「なにか」が、制度であるとか、言説であるとか、
正体があやしいものである場合には、
制度がこうなっているから、とか、これが正しいと「みなが」言っているから信じる、
それは、あまりにも危うい。
自分の頭で考えてみることが何事につけても肝心、と思う。
考えないのは楽かもしれないが、あまりにも、危うい。
2011年4月20日水曜日
来し方への近づき方、行く末への対し方
どうしても書かずにはいられないこと。
第二次世界大戦の後、現在に至るまでの日本の
生活様式の変化や、考え方の変遷についてちゃんと知っておきたい、と
3月11日以降、ずっと考えていたのですが
昨日、運命的な出会い、
と呼びたくなるようなもののおかげで
『週刊朝日』に掲載された書評(「週刊図書館」)の
ダイジェスト版、全3巻を手に入れました。
刊行は1993年、監修は丸谷才一氏によるものです。
第一巻 1951年から1969年 (昭和26~44年)
第二巻 1970年から1984年 (昭和45~59年)
第三巻 1985年から1991年 (昭和60~平成3年)
朝鮮戦争のさなかから、バブル崩壊まで。
この時期の日本で、どんな本が出版され、紹介され、
そして、それらがどのような視点で論じられるのか。
電車のなかで、まずは1968年に書かれた評を読み始めてみたのですが
これは、夢中になる面白さです。
オンライン上の古書店に出ているのを見かけましたが
各地の公立図書館にも所蔵されている類の本であると想像します。
所蔵を調べるには、各巻の書名がわかると便利だろうと思うので
以下に記します。
1.『春も秋も本!』
2.『ベッドでも本!』
3.『本が待ってる!』
1943年~1946年、世界的な戦乱の時代にメキシコでは
Octavio G. Barreda, Xavier Villaurrutia, Octavio Paz らが中心となり
『放蕩息子』 El Hijo Pródigo という文芸雑誌を刊行していました。
この雑誌の編集方針の核にあったのが
「現実と想像力」 Realidad e imaginación の、二本立て。
それに加えて、
現在への視線と、過去への視点を併せもち、
それらのバランスをうまく保つ、という
ぜひ自分も見ならいたいと思う姿勢が、この雑誌では実践されていた。
そのことを、思い出します。
2011年4月4日月曜日
ゆるカワ よりも断然 フルカワ
電車の吊り広告(まだ、だいぶスカスカだ)に
ファッション誌の「ゆるカワなんとか」特集、という文字を見かけた
そのとき、自分の手元には、古川日出男さんの本。
ゆるカワを目指す、なんていうのもひとつの道だけど
私としては断然、フルカワさんの本を読みながら
しなやかに逞しくなってゆくほうが、ずっと魅力的だと思う。
(もとより、かわいさを目指すトシでもないというのは置いておいて。)
古川さんの作品を読みながら思うのは
それを通じて自分に起きてゆく変化。
アスレチックのような感じのものもあり (楽しみながら野生の勘を取り戻していく)
筋トレのような感じのものもあり (必要な強さを、鍛えて、身に着けていく)
手ぶらで土の地面を歩いていくような感じのものもあり (五感の鮮やかさが自然と取り戻される)
奇跡って、起きるんだったね、と思い直すよう誘われる感じのものもあり
世界の隠された部分を見る洞察力を、呼びさまされるものもあり
これから出会うであろうゆるカワな女の子たちに、
いずれ、フルカワさんの本をすすめてみようか。
2010年12月25日土曜日
『ゴッドスター』
古川日出男さんの中編小説『ゴッドスター』は、
今年の「新刊」ではないけれど今年文庫化されたもので、
新しく出た本のなかで私が読むことのできた、数少ない本の一冊です。
というか、
本当は「面白いもの断ち」をしていたはずの時期に
つい買ってしまい、つい読み始めてしまい、
ぐいぐい引き込まれて、途中で閉じることができなかった本です。
私の記憶が確かであれば、
「この小説に解釈はいらない」と著者が語っていたそうですが、
それはきっと、『ゴッドスター』が
読者をひとつの体験に巻き込むような種類の小説だということなのだろうと思います。
「体験に巻き込む」というのは、
読んでいる私が、主人公と一緒になって
聞いているはずのに聞こえていない音に耳をすまし
見ているはずなのに見えていないものに目を向け、
そのなかで毎日生きているはずなのに、よく考えてもみなかった仕組みについて考えるように
一つ一つの動作、一つ一つのことばを丁寧に捉えなおすように
自然に仕向けられていて、
そうして感度を高められる読者=私の感覚は、
小説のなかの世界に対してのみ有効であるというわけではなくて、
読んでいるときに自分が居る部屋の空間のなかにも、部屋の外に広がる世界にも向けられて、
それどころか、読み終わった後にも、
その感覚が鋭くなったままである、というようなこと。
その意味では、
一般的な小説よりも、詩に近いような本であるようにも思います。
2010年12月7日火曜日
ヤギはヒツジよりも暖かい
電車のなかでめくった文庫本の一枚のページから
しんと冷える夜、体を縮めて横になり
濃紺の空にちら、きら、と輝く星は相変わらずきれいだが、
しかし寒い、
風がおさまったままでいてほしい、
寒い寒い、と
隣にいる痩せたいきもののぬくもりに寄り添う心持ちを想像した。
「ヒトが間に入って眠るのには、ヒツジの方がヤギより冷たい。
なぜなら、ヤギの方が身動きしないし、ヒトの方へ寄ってくるからである。
ヤギはヒツジより寒さに耐えられないのである。」
アリストテレース『動物誌』 (下) 第三章 「ヒツジやヤギの習性と知能」
島崎三郎訳、岩波文庫、1999年、121頁。
2010年10月10日日曜日
Coyote 45号、古川日出男さんメキシコへ
Vargas Llosa のニュースに続いて、
ラテンアメリカ文学に関連した朗報。
Coyote の最新号(10月10日発売)で、
「メキシコが変えた二人の男」と題した特集が組まれている。
“二人”の一人目は、ガブリエル・ガルシア=マルケス氏。
もう一人は、古川日出男氏。
今年5月に、3週間にわたりメキシコに滞在した古川さんの書き下ろし長編に
ノックアウトされた。
自分の感性の角ばり あるいは表現力の拙さのためか、
どうしても陳腐になってしまうけれど、敢えてことばにするならば
五感で感じ取る、生(なま)の刺激 (匂い、味、振動、声、見るもの、、、)と
言葉を介して展開される思考、
じかに会う人との直接のやりとりと、本や作家との胸中での対話、
一人の「透明」なアジア人旅行者としての古川さんと、
作家としての自己意識を鋭くもった古川さん、
現実に起きた・経験したことの記憶と、
それを素材にして作家が書き上げた完成品としてのテクスト、
…などが入り混じるその具合が絶妙で、
(というか、こうして二項対立的に書き出してしまうのはアウトなのかもしれない)
あれこれの記憶が呼び覚まされるのを感じながら
文字に喰らいついてブンブンあちこちに振り回されながら読んでいく感覚が、
たまらなくよかった。
2010年5月17日月曜日
本の島
昨日、青山ブックセンター本店でのトークショーを聞いてきました。
昨年お亡くなりになった名編集者:津田新吾さんの「本の島」構想と
津田さんご本人をめぐるお話、でした。
「本の島」とは、
BEKA制作による特別の冊子を開くと、次のように説明されています。
----------------------------------------------
津田新吾の考えた「本の島」は、
ひとつだけで孤立して海上に浮かぶ島
ではなく、ゆるやかに連なった群島でした。
ひとつひとつの島は、一冊一冊の本。それぞれ
の本が個性を失わずに、しかしゆるやかに開かれた
かたちで繋がっている、そんな出版活動――
(...) 本の島実行委員会
----------------------------引用終わり-----------
津田さんが編集を手がけられた本のリストを見ると、
自分にとって(一方的に)馴染みのふかい名前がずらり。
その一部を挙げると (敬称略)…
管啓次郎、吉増剛造、堀江敏幸、野崎歓、須賀敦子、多和田葉子、
アントニオ・タブッキ、ギジェルモ・カブレラ=インファンテ、
アレホ・カルペンティエル、フアン・ルルフォ、、、
トークショーでのお話を聞き、
冊子に綴じられた、津田さんに縁のある方々が寄せたアンケートを読んで
強烈に感じるのは、
津田さんが、すばらしい書き手を見分ける目の、
見分けたら逃さぬ情熱と行動力の、
書き手とのやり取りを通じてそのひと本来の持ち味を引き出す術の、
持ち主であり、
強い信念・確信を持って、決して妥協せずに、本づくりに取り組んでいらしたこと。
そして、その存在が
書き手、編集に携わる方々、流通に携わる方々、そして読者にいたるまで
(それぞれ形は違うだろうけれど) 無数の反響を起こし続けているということ。
昨日は、舞台上の三人だけでなく、
冊子をつくったBEKAのお一人、
青山ブックセンター本店で「本の島」の棚を企画した寺島さやかさん、
今回の企画の発起人である、元書店員・現在編集者であるかたのお話も聞くことができました。
「本」というものによって、
本(づくり)をめぐることばによって、
必ずしも直接の接触を介すことがなくても、確かに繋がっていく何かのひとつの形が、
昨日のあの場にあったように思います。
昨年お亡くなりになった名編集者:津田新吾さんの「本の島」構想と
津田さんご本人をめぐるお話、でした。
「本の島」とは、
BEKA制作による特別の冊子を開くと、次のように説明されています。
----------------------------------------------
津田新吾の考えた「本の島」は、
ひとつだけで孤立して海上に浮かぶ島
ではなく、ゆるやかに連なった群島でした。
ひとつひとつの島は、一冊一冊の本。それぞれ
の本が個性を失わずに、しかしゆるやかに開かれた
かたちで繋がっている、そんな出版活動――
(...) 本の島実行委員会
----------------------------引用終わり-----------
津田さんが編集を手がけられた本のリストを見ると、
自分にとって(一方的に)馴染みのふかい名前がずらり。
その一部を挙げると (敬称略)…
管啓次郎、吉増剛造、堀江敏幸、野崎歓、須賀敦子、多和田葉子、
アントニオ・タブッキ、ギジェルモ・カブレラ=インファンテ、
アレホ・カルペンティエル、フアン・ルルフォ、、、
トークショーでのお話を聞き、
冊子に綴じられた、津田さんに縁のある方々が寄せたアンケートを読んで
強烈に感じるのは、
津田さんが、すばらしい書き手を見分ける目の、
見分けたら逃さぬ情熱と行動力の、
書き手とのやり取りを通じてそのひと本来の持ち味を引き出す術の、
持ち主であり、
強い信念・確信を持って、決して妥協せずに、本づくりに取り組んでいらしたこと。
そして、その存在が
書き手、編集に携わる方々、流通に携わる方々、そして読者にいたるまで
(それぞれ形は違うだろうけれど) 無数の反響を起こし続けているということ。
昨日は、舞台上の三人だけでなく、
冊子をつくったBEKAのお一人、
青山ブックセンター本店で「本の島」の棚を企画した寺島さやかさん、
今回の企画の発起人である、元書店員・現在編集者であるかたのお話も聞くことができました。
「本」というものによって、
本(づくり)をめぐることばによって、
必ずしも直接の接触を介すことがなくても、確かに繋がっていく何かのひとつの形が、
昨日のあの場にあったように思います。
2010年5月14日金曜日
2010年5月11日火曜日
生きて、語り伝える
毎朝聞いているJ-waveの番組で別所哲也さんが
ガブリエル・ガルシア・マルケス著、旦敬介訳の『生きて、語り伝える』を紹介していた。
焦点をあてていたのは、「語り伝える」という行為自体。
数年前、旦先生の翻訳の授業で、素材のひとつとしてこの作品が取り上げられたとき、
Vivir para contarla という題名の訳は(記憶違いでなければ)最終決定していなかった。
contar は、単純に訳せば、「語る」。
でも、最終的な題名は「語り伝える」。
Vivir para contarla/生きて、語り伝える。
書店で「あ!ついに出たんだ」と見かけたとき
語順も語感も、うまく日本語にうつしかえるのだなあ、
ということくらいしか、恥ずかしながら、思わなかったのだけれど、
今日のラジオを聞いて、改めて、
「語る」という行為の(それ自体の、またガルシア・マルケスにとっての)核心を、
巧みに言い当てた邦訳題名なのだと思った。
語り「伝える」ということで、
語る/書く、終わり。というのではなくて、
語りたい内容があって、語る人がいて、それを伝える相手がいて、
伝え聞いた相手がまたそれを語って伝えて、、、
時間も場所も越えて、物語が伝えられ、渡されていく情景が思い浮かぶ。
ガブリエル・ガルシア・マルケス著、旦敬介訳の『生きて、語り伝える』を紹介していた。
焦点をあてていたのは、「語り伝える」という行為自体。
数年前、旦先生の翻訳の授業で、素材のひとつとしてこの作品が取り上げられたとき、
Vivir para contarla という題名の訳は(記憶違いでなければ)最終決定していなかった。
contar は、単純に訳せば、「語る」。
でも、最終的な題名は「語り伝える」。
Vivir para contarla/生きて、語り伝える。
書店で「あ!ついに出たんだ」と見かけたとき
語順も語感も、うまく日本語にうつしかえるのだなあ、
ということくらいしか、恥ずかしながら、思わなかったのだけれど、
今日のラジオを聞いて、改めて、
「語る」という行為の(それ自体の、またガルシア・マルケスにとっての)核心を、
巧みに言い当てた邦訳題名なのだと思った。
語り「伝える」ということで、
語る/書く、終わり。というのではなくて、
語りたい内容があって、語る人がいて、それを伝える相手がいて、
伝え聞いた相手がまたそれを語って伝えて、、、
時間も場所も越えて、物語が伝えられ、渡されていく情景が思い浮かぶ。
2010年5月5日水曜日
とある時代のメキシコ広告
メキシコの文芸情報誌 Letras de Mexico (1937-1946) の
はじめから終わりまで、全132号を見ていったときのこと。
それぞれの記事の内容を見るのが目的で、それはもちろん果たしたけれど、
ついでに目に入る広告の変遷も面白かった。
タイプライターの広告は、文芸誌だけあって、ずっとあった。
「文字は人柄を表します。くっきり文字のわが社製を」というのが
最後の方の決まり文句。
糖分は脂肪よりも体によい栄養源です、皆さん砂糖をもっととりましょう。
というおかしな広告は、最初の何号かのあいだ繰り返され、やがて姿を消した。
タイヤの広告は途中からデザイナーが変わったらしく、
面白みのなかった図柄が一こまマンガ的なかわいらしい絵柄に変わり、
手入れの仕方、点検の仕方も教えてくれるようになる。
途中に出てきたハエよけスプレーの広告の絵柄には
革命の時代のような、ヒゲをたくわえソンブレロをかぶり長銃を持った
いかにもステレオタイプ的なメヒカーノおじさんが描かれている。
悪者退治といえばこれ、というイメージだったのか。
そして、戦後になると、
(現在では旅客輸送をおこなっていない)メキシコ国鉄の広告が出た。
ベラクルスまで、列車の旅をどうぞ。サービスの充実した夜行列車もご利用ください。
利用してみたかった。
はじめから終わりまで、全132号を見ていったときのこと。
それぞれの記事の内容を見るのが目的で、それはもちろん果たしたけれど、
ついでに目に入る広告の変遷も面白かった。
タイプライターの広告は、文芸誌だけあって、ずっとあった。
「文字は人柄を表します。くっきり文字のわが社製を」というのが
最後の方の決まり文句。
糖分は脂肪よりも体によい栄養源です、皆さん砂糖をもっととりましょう。
というおかしな広告は、最初の何号かのあいだ繰り返され、やがて姿を消した。
タイヤの広告は途中からデザイナーが変わったらしく、
面白みのなかった図柄が一こまマンガ的なかわいらしい絵柄に変わり、
手入れの仕方、点検の仕方も教えてくれるようになる。
途中に出てきたハエよけスプレーの広告の絵柄には
革命の時代のような、ヒゲをたくわえソンブレロをかぶり長銃を持った
いかにもステレオタイプ的なメヒカーノおじさんが描かれている。
悪者退治といえばこれ、というイメージだったのか。
そして、戦後になると、
(現在では旅客輸送をおこなっていない)メキシコ国鉄の広告が出た。
ベラクルスまで、列車の旅をどうぞ。サービスの充実した夜行列車もご利用ください。
利用してみたかった。
2010年5月3日月曜日
情けないやら、驚くやら
Gonzalo Celorio という、作家であり批評家である人の評論を引用したいのに、
手元にある、メキシコ・中米前衛アンソロジーに再録された版は不完全で、
もとの著書からほかの批評家が引用していた部分、
まさに私の参照したい部分が、自分の持っている版にはなかった。
メキシコで勉強している知人にコピーをお願いして、
送っていただいた、その矢先。
机の脇に置いてあった、無印の文庫本型メモ帳をめくったら
2007年の2月にメキシコに短期で行ったときに、
なんたることか、私は、友人の働くCasa Refugioで行われた木曜講演会シリーズで
Celorio さんのお話を聴いているではないか、、、、
情けないのと、驚くのと。いや、やはり、情けない。
それは、彼の Tres lindas cubanas という小説の出版記念会だった。
2007年の自分のメモによれば、
(ちなみに、それはオレンジ色の細いペンで書かれている。読みにくいこと。
なぜオレンジだったのか、今となっては当時の考えがさっぱりわからない。)
彼の祖母はキューバ人で、母も革命のころまでキューバにいた。
本人は、文学研究者として、カルペンティエル、レサマ=リマをはじめとした
キューバの「ディアスポラ」に取り組んだ。
「解決できない葛藤や問題を抱えたときに書くものが、小説
アイディア→試論。
****→短編。(判読不能。聞き逃したらしい)
イメージ→詩」
「全能の語り手は親切すぎるので、この小説では二人称の語り手を選んだ」
など。(メモはスペイン語と日本語が混在)
ビバ・メモライフ (るみちゃん) という思いと、
自分の頭を、もっとしっかりせねばという思いとが渦巻く。
さらに。
ばかに忙しく動いていた短期滞在中のこの夜、
私は頭痛→眠気に襲われていたらしく(頭痛がなんとか言うメモがある)、
ヨロヨロした文字で書かれた「 Contemporaneosからの影響」 というのが、講演の最後の痕跡。
そういえば客席の確かが、詩人たちからの影響について質問したような、しないような。
何を話していたのか、今になっては知ることのできない、ああ、何てもったいないこと。。。
手元にある、メキシコ・中米前衛アンソロジーに再録された版は不完全で、
もとの著書からほかの批評家が引用していた部分、
まさに私の参照したい部分が、自分の持っている版にはなかった。
メキシコで勉強している知人にコピーをお願いして、
送っていただいた、その矢先。
机の脇に置いてあった、無印の文庫本型メモ帳をめくったら
2007年の2月にメキシコに短期で行ったときに、
なんたることか、私は、友人の働くCasa Refugioで行われた木曜講演会シリーズで
Celorio さんのお話を聴いているではないか、、、、
情けないのと、驚くのと。いや、やはり、情けない。
それは、彼の Tres lindas cubanas という小説の出版記念会だった。
2007年の自分のメモによれば、
(ちなみに、それはオレンジ色の細いペンで書かれている。読みにくいこと。
なぜオレンジだったのか、今となっては当時の考えがさっぱりわからない。)
彼の祖母はキューバ人で、母も革命のころまでキューバにいた。
本人は、文学研究者として、カルペンティエル、レサマ=リマをはじめとした
キューバの「ディアスポラ」に取り組んだ。
「解決できない葛藤や問題を抱えたときに書くものが、小説
アイディア→試論。
****→短編。(判読不能。聞き逃したらしい)
イメージ→詩」
「全能の語り手は親切すぎるので、この小説では二人称の語り手を選んだ」
など。(メモはスペイン語と日本語が混在)
ビバ・メモライフ (るみちゃん) という思いと、
自分の頭を、もっとしっかりせねばという思いとが渦巻く。
さらに。
ばかに忙しく動いていた短期滞在中のこの夜、
私は頭痛→眠気に襲われていたらしく(頭痛がなんとか言うメモがある)、
ヨロヨロした文字で書かれた「 Contemporaneosからの影響」 というのが、講演の最後の痕跡。
そういえば客席の確かが、詩人たちからの影響について質問したような、しないような。
何を話していたのか、今になっては知ることのできない、ああ、何てもったいないこと。。。
2010年4月23日金曜日
スペインの前衛詩が日本語で読める
坂田幸子著『ウルトライスモ――マドリードの前衛文学運動』(国書刊行会、2010)を読んだ。
ウルトライスモとは、著者の表現を借りれば、
「1920年前後にスペインのマドリードを中心にして展開した前衛詩運動」。
自分が1920年~1940年代にかけて活躍したメキシコの詩人について
読んだり調べたり考えたりしていることもあって
その少し前のスペインでの状況(そして、最終章ではアルゼンチンとメキシコにも視野が広がる)について、
歴史的な背景(たとえばスペインが第一次世界大戦に参戦しなかったことによる繁栄)や
個々の詩人たちに関する興味深いエピソード(ボルヘスの妹ノラと、あのギジェルモ・デ・トーレが!)や、
スペインのウルトライスモとアルゼンチンのそれはどういう関係だったのかという
解決せずにおいてしまったた疑問へのこたえや、
あれこれの情報がつなぎ合わされて、
さらに、訳詩も豊富に入っていて、
乾いた土が雨を受けるような気分で読んだ。
……なんて言えば、陳腐な表現と一蹴されてしまいそうだけれど。
英語やフランス語に比べて、スペイン語圏の詩は、日本語で読めるものが圧倒的に少ない。
邦訳されている詩人でぱっと思い浮かぶのは、
20世紀ではオクタビオ・パスやパブロ・ネルーダ、
フェデリコ・ガルシア=ロルカ、ガブリエラ・ミストラルくらいだろうか。
こうして、ウルトライスモについて、作品も解説もたっぷり読める本が出たのは、とても嬉しい。
前衛の時代、世界は思いがけないほど密につながっている。
本書で扱われている、スペイン/フランス、ロシア、ラテンアメリカのつながりは勿論のこと、
ちょうど同じころの日本の「前衛」詩人の作品を思い返しても、ウルトライスモとなんと似ていることか。
恐るべし20世紀初頭のエネルギー。
まだ頭の中が沸々としていてまとまりがないけれど、
あちこちの書店に並んで、棚からすっと抜き出されていったらいいと願う。そして各自の本棚へ。
スペイン語圏にこれまであまり関心のなかった人のもとへも届いたらいい。
ビジャウルティア(本文ではビリャウルティアと表記)も最後の最後に出てきて、
(ただし、ビジャウルティアはいわゆる「前衛」運動には懐疑的で、
マプレス=アルセのことも好きではなかったようではあるけれど)
それも嬉しい。
ウルトライスモとは、著者の表現を借りれば、
「1920年前後にスペインのマドリードを中心にして展開した前衛詩運動」。
自分が1920年~1940年代にかけて活躍したメキシコの詩人について
読んだり調べたり考えたりしていることもあって
その少し前のスペインでの状況(そして、最終章ではアルゼンチンとメキシコにも視野が広がる)について、
歴史的な背景(たとえばスペインが第一次世界大戦に参戦しなかったことによる繁栄)や
個々の詩人たちに関する興味深いエピソード(ボルヘスの妹ノラと、あのギジェルモ・デ・トーレが!)や、
スペインのウルトライスモとアルゼンチンのそれはどういう関係だったのかという
解決せずにおいてしまったた疑問へのこたえや、
あれこれの情報がつなぎ合わされて、
さらに、訳詩も豊富に入っていて、
乾いた土が雨を受けるような気分で読んだ。
……なんて言えば、陳腐な表現と一蹴されてしまいそうだけれど。
英語やフランス語に比べて、スペイン語圏の詩は、日本語で読めるものが圧倒的に少ない。
邦訳されている詩人でぱっと思い浮かぶのは、
20世紀ではオクタビオ・パスやパブロ・ネルーダ、
フェデリコ・ガルシア=ロルカ、ガブリエラ・ミストラルくらいだろうか。
こうして、ウルトライスモについて、作品も解説もたっぷり読める本が出たのは、とても嬉しい。
前衛の時代、世界は思いがけないほど密につながっている。
本書で扱われている、スペイン/フランス、ロシア、ラテンアメリカのつながりは勿論のこと、
ちょうど同じころの日本の「前衛」詩人の作品を思い返しても、ウルトライスモとなんと似ていることか。
恐るべし20世紀初頭のエネルギー。
まだ頭の中が沸々としていてまとまりがないけれど、
あちこちの書店に並んで、棚からすっと抜き出されていったらいいと願う。そして各自の本棚へ。
スペイン語圏にこれまであまり関心のなかった人のもとへも届いたらいい。
ビジャウルティア(本文ではビリャウルティアと表記)も最後の最後に出てきて、
(ただし、ビジャウルティアはいわゆる「前衛」運動には懐疑的で、
マプレス=アルセのことも好きではなかったようではあるけれど)
それも嬉しい。
2010年2月13日土曜日
本を閉じてからはじまる物語
2月5日、日本ペンクラブ「こどもの本委員会」のイベントを聞きに行った。
おなかをすかせているこどもたちに対して、
本は、物語は、何ができるのか?
というのが、ディスカッションのとっかかりとして、
落合恵子さんが(サルトルを引用して)投げかけた、大きな問いかけだった。
パネリストの方々のお話はそれぞれのお人柄が出ているように思われ、
なかでも、
(赤にグレーの色あわせがチャーミングだった)角野栄子さんのことばに
なるほど、と思った。
私の理解とメモ書きが正しければ、
戦争が終わったときに小学校5年生だった角野さんは、
飢えも経験したし、
飢えたときに大人たちがいかにあさましくなるのかも、
そして子どもたちがいかに逞しく生き抜いたかも、知っている。
ご自身がこどものときには、すでにできあがっていて読めるような物語がなく、
自分で自分自身の物語をつくっていくことによって
自分の置かれた状況と、自分の気持ちを確かめて、
それを支えにして、たいへんな状況を生き抜いた。
角野さんが書きたいのは、
読者が物語を読み終わって本を閉じてから、
読者自身の新たな物語がはじまるような
(その新たな物語に刺激を与えるような)、そんな本だという。
配られた資料のプロフィールに、
1959年から二年間ブラジルに暮らしていらっしゃったとあって
ますます、角野さんご自身について知りたくなる。
おなかをすかせているこどもたちに対して、
本は、物語は、何ができるのか?
というのが、ディスカッションのとっかかりとして、
落合恵子さんが(サルトルを引用して)投げかけた、大きな問いかけだった。
パネリストの方々のお話はそれぞれのお人柄が出ているように思われ、
なかでも、
(赤にグレーの色あわせがチャーミングだった)角野栄子さんのことばに
なるほど、と思った。
私の理解とメモ書きが正しければ、
戦争が終わったときに小学校5年生だった角野さんは、
飢えも経験したし、
飢えたときに大人たちがいかにあさましくなるのかも、
そして子どもたちがいかに逞しく生き抜いたかも、知っている。
ご自身がこどものときには、すでにできあがっていて読めるような物語がなく、
自分で自分自身の物語をつくっていくことによって
自分の置かれた状況と、自分の気持ちを確かめて、
それを支えにして、たいへんな状況を生き抜いた。
角野さんが書きたいのは、
読者が物語を読み終わって本を閉じてから、
読者自身の新たな物語がはじまるような
(その新たな物語に刺激を与えるような)、そんな本だという。
配られた資料のプロフィールに、
1959年から二年間ブラジルに暮らしていらっしゃったとあって
ますます、角野さんご自身について知りたくなる。
2010年1月18日月曜日
つぼみ、咲きはじめる
2010年1月10日日曜日
言葉に編み上げ、人に語る
管啓次郎さんの新刊 『斜線の旅』(インスクリプト、2009.12.25)に
深呼吸をしたくなるような一ページを読んだ。
「あ!そうなのか」というよりもむしろ、
「やはり、そうだ」という部分の多かった、共振の一ページ。
その前半も素晴らしいのだが、敢えて後半だけに絞って引用したい。
「驚くべきことをまのあたりにした人は、その事件を言葉に編み上げ、人に語るべきだと思う。
目が覚めるような話を耳にした人は、その話を中継し、さらに語り直すべきだ。
その連鎖には、もちろん数々の嘘や誤解がつけいることだろう。
しかし少なくとも連鎖を続けてゆくこと、とぎれさせないこと、最終ヴァージョンの存在を許さないことが、
人々の興味を対象につなぎとめ、つねに新たな見方や思いがけない知識を呼びこむことになる。
究極的には、人があるときある場所にいるということは、それだけで途方もない偶然であり、
あらゆる展開につながってゆく稜線の小径なのだと思う。」(「湖とハリケーン」、『斜線の旅』 27ページ)
ここ10年間の自分を振り返り、
これからの10年に対する背筋が伸びる。
深呼吸をしたくなるような一ページを読んだ。
「あ!そうなのか」というよりもむしろ、
「やはり、そうだ」という部分の多かった、共振の一ページ。
その前半も素晴らしいのだが、敢えて後半だけに絞って引用したい。
「驚くべきことをまのあたりにした人は、その事件を言葉に編み上げ、人に語るべきだと思う。
目が覚めるような話を耳にした人は、その話を中継し、さらに語り直すべきだ。
その連鎖には、もちろん数々の嘘や誤解がつけいることだろう。
しかし少なくとも連鎖を続けてゆくこと、とぎれさせないこと、最終ヴァージョンの存在を許さないことが、
人々の興味を対象につなぎとめ、つねに新たな見方や思いがけない知識を呼びこむことになる。
究極的には、人があるときある場所にいるということは、それだけで途方もない偶然であり、
あらゆる展開につながってゆく稜線の小径なのだと思う。」(「湖とハリケーン」、『斜線の旅』 27ページ)
ここ10年間の自分を振り返り、
これからの10年に対する背筋が伸びる。
2009年12月20日日曜日
オラシオ・カステジャーノス・モヤ 『崩壊』

オラシオ・カステジャーノス・モヤ氏の小説『崩壊』
(寺尾隆吉訳、現代企画室、2009年)の出版記念会があった。
(12月16日、セルバンテス文化センターにて)
日本語版の帯は、この小説を次の三行で紹介している。
「軍事政権、ゲリラ、クーデター、内戦、隣国同士のサッカー戦争―
人びとを翻弄する中米現代史を背景に、
架空の名門一族が繰り広げる愛憎のドラマの行方は?」
この作品は実際に起きた出来事を下敷きにしている。
特に第二部にあたる書簡体の部分を書くにあたっては、
多くの歴史的資料に当たり、外交文書のアーカイブをも参照したという。
しかし、16日に作者も語っていたように、
中米の歴史を知らなければ読めないような本では決してない。
作品を読みながら直接的・間接的に出来事の姿が見えるように仕組まれている。
しかも、主人公は歴史的な出来事ではなく、そこに生きる(架空の)人物たち。
彼らの抱える問題 (とくに作者が挙げていたのは「家族」、「世代間の対立」など)は、
別の時代、異なる地域に暮らす私たちにとっても他人事ではないものだ。
『崩壊』は、読み手をぐいぐい引き込むという意味で「読みやすい」本だと言える。
当たり前だが、「**でもわかる」式の読みやすさとはまったく違う。
読み手の頭脳と感性を稼動させ、次のページを読まずにはいられなくさせるようなもの。
ジャーナリストとしても活躍する作者の、
好奇心、調査力、人間観察の鋭さ、批判精神、ユーモア、語りの巧みさ、
さまざまな持ち味が存分に発揮された一冊だ。
ちなみにスペイン語版と日本語版を並べてみたら、
左開きと右開きであるだけでなく、
木の根もどこか連続しているようで、きれいな対になった。
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