2010年5月3日月曜日

情けないやら、驚くやら

Gonzalo Celorio という、作家であり批評家である人の評論を引用したいのに、
手元にある、メキシコ・中米前衛アンソロジーに再録された版は不完全で、
もとの著書からほかの批評家が引用していた部分、
まさに私の参照したい部分が、自分の持っている版にはなかった。


メキシコで勉強している知人にコピーをお願いして、
送っていただいた、その矢先。

机の脇に置いてあった、無印の文庫本型メモ帳をめくったら
2007年の2月にメキシコに短期で行ったときに、
なんたることか、私は、友人の働くCasa Refugioで行われた木曜講演会シリーズで
Celorio さんのお話を聴いているではないか、、、、
情けないのと、驚くのと。いや、やはり、情けない。

それは、彼の Tres lindas cubanas という小説の出版記念会だった。

2007年の自分のメモによれば、
(ちなみに、それはオレンジ色の細いペンで書かれている。読みにくいこと。
 なぜオレンジだったのか、今となっては当時の考えがさっぱりわからない。)


彼の祖母はキューバ人で、母も革命のころまでキューバにいた。
本人は、文学研究者として、カルペンティエル、レサマ=リマをはじめとした
キューバの「ディアスポラ」に取り組んだ。

「解決できない葛藤や問題を抱えたときに書くものが、小説
 アイディア→試論。
 ****→短編。(判読不能。聞き逃したらしい)
 イメージ→詩」

「全能の語り手は親切すぎるので、この小説では二人称の語り手を選んだ」

など。(メモはスペイン語と日本語が混在)
ビバ・メモライフ (るみちゃん) という思いと、
自分の頭を、もっとしっかりせねばという思いとが渦巻く。

さらに。
ばかに忙しく動いていた短期滞在中のこの夜、

私は頭痛→眠気に襲われていたらしく(頭痛がなんとか言うメモがある)

ヨロヨロした文字で書かれた「 Contemporaneosからの影響」 というのが、講演の最後の痕跡。
そういえば客席の確かが、詩人たちからの影響について質問したような、しないような。
何を話していたのか、今になっては知ることのできない、ああ、何てもったいないこと。。。