バスの中にも、物を売りに乗ってくる人たちがいる。
お菓子だったり、アイスキャンディーだったり、電池だったり。
運転手さんに許可を得て乗り込み、売り、ありがとうと言って降りていく。
今朝見た人は、いつもと少し違った。
髪を短く刈った、若い男の人。
スーパーで売っているような飴の袋の口を開いて、両手で持っている。
少し小さめの声で、話し始めた。
「ご迷惑かもしれませんが、飴を売りに来ました。
実は、わたしは刑務所から出てきたばかりです。
盗みをはたらいて、捕まったのです。
以前は、いつも安易な道をさがしていました。
その結果、刑務所へ行くことになったのです。
そして楽に生きる道をさがすことのおろかさを知りました。
こうして出てきて、仕事を見つけるまでの間
私は飴を売ろうと決めました。
この飴には決まった値段はありません。
助けを貸してくださる方があれば、
よろしくお願いします。」
前の席のおじさんが大きな硬貨をポケットから出し、
ひょいと手で合図をした。
少し考えて、私も飴をひとつ買った。
ほかの席からも、合図が起こった。
治安改善策を要請する声が高まる今。
あちこちの席から手渡される硬貨には、
この心が広まるように、という祈りのようなものがこもっているようだった。