2009年9月14日月曜日

『意志の勝利』 (1934年、ドイツ映画)

写真家の藤部明子さんに薦めていただいた『意志の勝利』を見た。
1934年、ナチスが製作したプロパガンダ映画だ。

先の世界大戦から20年、復興から19ヶ月、
というメッセージから始まり、
 (第一次大戦での敗北が
 ドイツファシズムが成立した大きな要因だったのだろう、と改めて思う)

党大会のために古都ニュルンベルクに赴くヒトラーと
軍の行進に対する大歓迎の様子が長々と映し出される。
 (美しい町にはためく鉤十字が空恐ろしい。
  特に、清清しい朝の景色。)


集まった人々の中でも、こどもたちの笑顔の映像がしばしば挟まれ、
豊作を祝う民族衣装の「農民」たちの行進もあり、
警護を越えて行進に近づいてしまった親子に、笑顔で握手をする「総統」の姿が映され、
あの手この手のイメージ戦略が盛り込まれている。

野営地の男性たち、若者たち、少年たちは
たくましく、そして和気あいあいとしていて、水にも食事にも困らない
という様子が描かれる。

勇ましい音楽の伴奏と行進が続き、食傷気味になってくるが
構図や光と影をうまく使って映し出された一糸乱れぬ足並みを
一瞬「きれい」と感じてしまった。

2時間近い映画は、党大会の閉会演説で締めくくられるが、
ヒトラーは意外なことに原稿を見ながらしゃべっている。
人の心理を操るのは、むしろ、内容なのだろう。

年配の人たちの中には党に懐疑的な人もいるかもしれないが、
若者はみな、完全に党に身も心も捧げているのだ、と言って
未来に向かう者は支持すべきなのだ、という気にさせる。

駆け出しのころは批判され弾圧されてきたという党の歴史に敢えて触れ、
ようやく皆に認められ、期待されるようになったのだと言って
「意志の勝利」をアピールする。

さらに恐ろしかったのは、
弾圧されたからこそ、その過程で、党に不要な人物は振り落とされていった、
これからも、不要な者は排除していくべきだ、と叫び
そこで会場が大きく沸いたこと。

異質な存在を見つけ、あるいはそれを作り出し、
そのことによって結束を強めるというやり方は、
悲しいことに、いつの世のどこの世界でも、多かれ少なかれ起きていることだと思う。
ヒトラーは、まずそれを「党」の中でも行っていたのだ。


それにしても、
一人の人間があれほど多くの人を熱狂させ、動かすことができるとは…
(もちろん、彼一人の行ったことではなく、多くの頭脳が関わっているのだが
 「中心」は、一人だ)

この映画が、全体主義の恐ろしさを描こうとしたフィクションではなく、
人を熱狂に巻き込もうという目的で作られた「ほんもの」であることが
どうも信じられないような気がした。

そこに映っている人たちは、本当に存在した人たちなのだ。

新たな指導者に期待をかけ、大勢の人たちと一緒に片腕をぴんと上げながらも、
それでも、一人ひとりが、それぞれ何かを感じ、何かを考えていたはず。
それは、何にかき消されてしまったのか。

ひとを呑み込んで、「渦」のようなものの一部にしてしまう、得体の知れない力。
巻き込まれてしまえば、自ら、渦を動かす力に加わることになる。

1934年。
はるか以前のことのように考えていたが、実はそう昔のことではない。

映画は、渋谷のNシアター(旧ユーロスペース)で上映されている。
劇場のページで確認できる限りでは、10月2日までやっているもよう。