大学でジャズ・ビッグバンドサークルに入っていた頃のある朝のこと。
満員電車の片隅から、聞き覚えのある曲が聞こえてきた。
そのサークルが好んで演奏していた
Thad Jones & Mel Lewis Jazz Orchestraというビッグバンドの一曲。
「音漏れがうるさいぞ」と出所を探す皆の視線をたどっていくと、
バンドの先輩が爆音でMDを聞きながら涼しい顔をして座っていた。
何駅かして少し車内が空いたところで近くにたどりつき、
音、聞こえてますよというと、彼はまた涼しい顔で音量を下げた。
降りた後で聞けば
しれっと「ああ、あれはわざと聞かせてたんだよ。
ああでもしなきゃ、みんなサドメルを知る機会ないでしょ。」
なんとも果敢な草の根宣伝活動、車内個人広告。
朝の満員電車では逆効果にならないといいけれど。
私は、これはいいなという本を電車で読むとき、
わざとカバーをかけないでおくことがある。
つり革片手に読んでいると、
前の席に座った人の視線が本の表紙を確かめることがある。
居合わせた人の目に留まればいいと思う心は、大音量の先輩と同じだろう。
口コミみたいに、
車内で偶然出会った人の目の端、耳の端にとまったところから
じわじわ広がったら面白い。