去年の八月に見たある家康の図を思い出し、絵葉書を取り出した。
名古屋にいる友人を訪ねた折に、徳川美術館で見たもの。
戦の支度も完全に解かないままに腰掛に座り、
考えこむように左手をあごに当て、左足を組み、
苦々しいような不甲斐ないような口元に
眼を見開き遠くを見据えている。
三方ヶ原の戦いで武田軍に負け帰った後、
自らの負け姿を絵師に描かせ、生涯傍らに置いたものらしい。
悔しさを忘れずに精進する意味と、
いくら勢力を強め栄華を誇っても、ひとたび失敗すればどうなるか、
肝に命ずる意味があったのだろう。
大きくなる人はやっぱり違う、という感慨を覚えたのを思い出すが、
今は絵師のことが気になる。
おそらく家康は絵の目的を説明せず「描け」とだけ命じたに違いない。
負け姿を描けというのだから、勇敢に描くわけにもいかない。
かと言って、あまりみすぼらしく描くわけにもいかない。
への字に歪んだ口には、苦々しく下唇を噛んだ強い歯がのぞき
呆然と空ろにも見える眼は、
次は負けてなるものかという強い闘志をも感じさせる。
見れば見るほど、絵師の機知と腕に感服する。