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多量の降雪に合わせた急傾斜の屋根で、
養蚕のための空間を大きくとるところにも
特徴のある「合掌造り」の集落。
夕刻に合掌造りの民宿に着くと
開放的な縁側にある二部屋にあかりが灯り
泊り客の家族団欒の姿が
目に飛び込んでくる。
ぎしぎしと木の床を踏んで手を洗いにいくと
水道の水がとても冷たい。
夕飯には山の幸がたっぷり。
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茄子の柚子味噌和えがとても美味しく
友人が、そのお味噌はどこのものですかと尋ねると
「う ちでつくったんですよ」
と宿のおかみさん。
お酢の物の胡瓜は、「地這い胡瓜」という巨大な胡瓜で、
これも宿の畑でとれたもの。
「大体、自給自足でやっています」
冬は厳しいでしょうと誰かが言うと
それでも景色が一番美しいのは冬なので
深い雪にもくじけず訪れる観光客が多いとのこと。
世界遺産に登録されて以来
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村に来るお嫁さんの約半数が
もとは観光客として訪れた女性たちらしい。
「どうですか、あなたも来ない?」
と、朗らかなおかみさん。
折りしもテレビのニュースでは、
白川郷で執り行われた
東京出身のお嫁さんと村の男性の結婚式を報じていた。
夕食後、温泉に行った帰り道、
まだ9時半くらいなのに
村はすっかり寝静まった夜更けの雰囲気で、
下駄のカランコロンという音を立てるのも憚られるようだった。
宿も10時消灯だったけれど、
久々の再会に盛り上がった8人の大所帯の私たちは、
ひそひそと小声の小宴を結局1時過ぎまで続けた。
翌朝。
宿の裏手にある川は、深さで色調の違う様々な青色が美しい。
浅葱色というのは、あの川の深いところみたいな色を言うんだろう。
村のあちこちには、
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まだ鮮やかな黄緑の稲穂が揺れている。
冬には降ろした雪を流す生命線となる水路には、
冷たく澄んだ水が
静かに勢いよく流れ、
ところどころには大小の鱒が泳いでいる。
民家の軒先には、桶や簾に小豆が干してある。
白川郷を一望できる展望台の説明文によれば、
ユネスコから評価されたのは集落の美しさだけではなく、
押し寄せる「近代化」や商業主義の波に負けず、
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村の家屋の伝統的な姿と自然を守り抜いた
住人の努力に対するものでもある。
村の商店は個人経営で、
大きな看板と言えば
昔気質の看板職人の書いたような、
「電子レンジ」や「カラーテ レビ」の看板だけ。
冬の厳しい地方で、伝統的な暮らしを守るにためには苦労も多いだろう。
観光客というのは見物だけして帰っていく、
ある意味では無責任な存在でもある。
観光化の影響で、
風向きなどを考えない「合掌造り風」家屋が建てられた例もあると言う。
青の美しい川の傍らに
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ペットボトルが捨てられているのも何本も目にした。
村の方々が「観光化」をどう感じているかは複雑だが、
正味一日にも満たない滞在ですら
自然や生活の美しさや
伝統的な暮らしの知恵に
何度も目を奪われた。
世界遺産というのは、
それを守ればいいだけではなく、
そこから何かに気づくことに意義の一つがあるのかもしれない。