2013年3月17日日曜日

ことばと<伴像>

3月11日の夜、
Rainy Day Bookstore&Cafeに朗読劇『銀河鉄道の夜』を聴きに行った。

公演後半の、
さらなる、そして見事な変身を遂げていた朗読劇、
古川日出男さんの脚本、
賢治/小説家、詩人、音楽家、翻訳家四人の出演による朗読劇は
まずは濃密、繊細、かつ天上的な余韻を楽しむに留めておいて
前半について少し書きたいことがある。

前半。

上のほうが螺旋になっているらしい階段の、もう少し降りればフロアというあたりの段で
詩人が『島の水、島の火』から数片を読み、
つぎに同じあたりで
翻訳家が短編小説、「Wind Eyes」を読んだ。

階段の向かって右側には白い壁があって
詩人と翻訳家がことばを発するあいだじゅうずっと
その壁に映像、動画が投影されていた。

破壊的な波におそわれた跡の残る、
しかし部分的には無事なところもあるためにか
乱暴に無神経にこう言ってよければ、どこか遺跡とも通じる何かを感じずにいられない建物、
なぎ倒されたままの白いガードレール、
見慣れないふうに列の乱れたテトラポット、
埠頭、
雪の積もった川べり、
そこを歩き、目撃し、強い風に襟まきをあおられ、段をのぼり、
メモを書きつけ、雪に倒れ、歩き、見つめて(おそらく音を採取しても)いたのは
小説家と、音楽家。
(ことばを用いない)小説家と、(歌わず音も奏でない)音楽家の映像だけ。

詩人が手にしていたのは、2011年の秋分の日に刊行された詩集。
翻訳家が読んだのは、おばけ窓を一緒に探して遊んでいるうちに妹が「消えて」しまった少年の話。

詩人が読んだ詩すべてが、壁スクリーンに映し出される土地に結びつくものではなく
翻訳家が読んだのは、まったく別の土地の話。

でも、円と直線が、ただ一点で接するときの関係のように
映像とことばが、ふっと接する瞬間があり、どきっとする。


たとえば、少年は
ぼくがそんなことを口にしなければ妹は消えてしまわなかったかもしれないと悔やみ
妹が存在したことを知っているのは世界にぼくしかいないから
誰にも信じてもらえなくても自分だけは妹が「いた」と信じつづけた。


朗読する読み手の、そのすぐ隣に映像が流されて、
しかもその両者が独立し、完結していたので、正直なところ初めは戸惑った。
どちらに意識の焦点を当てればいいのだろう?
ことば?映像?
もしも、映像の代わりに音楽が流れていたら、私はほぼ確実に、
音楽を伴奏と捉え、背景に流れるものとして捉え、格別に戸惑いもしなかっただろう。
でも、それは何故?どうして音楽なら「聞き流す」ことができて、
映像はそれができないのか?
いや、ことばと共にある音楽を自分はほんとうに「聞き流して」いるのか?

聴きながら、見ながら、さらに自問自答していると、もうほんとうに間に合わない。
考えるのはやめて、聴き、そして見ることに集中した。

少しずつ、ことばと映像に同時に焦点をあてるような、
そうすることによって二次元のものから三次元を立ち上げる立体視のようなやり方が
つかめてきたように思えた。

ことばに寄り添う、伴奏ならぬ<伴像>。
ことばと映像の関係が
「ことばを映像によってわかりやすく視覚化する」ものでも、
「映っているものを言語として解説する」ものでもないとき、
(そしてもちろん、まったくの異種の寄せ集めではないとき)
聞き手/観客が、相当の努力を迫られる類の、
でもその甲斐のあるような、何かが生じうるのだと感じた。

あの夜は、想像力をつかさどる筋肉が筋肉痛になったみたいだった。
と言って、あの感覚をうまくことばに置き換えられているのか、まったく自信はないが。


2013年3月16日土曜日

世界が丸くなった日



2013年2月23日の夕刻、サルヴァドール(バイーア、ブラジル)の浜辺にて。

ブラジルのなかでも特にアフリカ系の存在感が大きいこの町を歩いてみて
南アメリカ大陸/大西洋/アフリカ大陸、と
地球儀をアメリカ大陸から東へ東へとたどるような想像力が
はじめて目を開けたような気がした。

こどものころから見てきた「世界地図」の視覚的記憶
 ―つまり、まず中心に日本があり、
 左右を見わたせば
 西にユーラシア大陸、東に両アメリカ大陸、 
 両者をつなぐ大西洋は、紙面のあちらに半分、こちらに半分という
 地球を大西洋で分断し、平面にぺたっとひろげた世界のビジョン―
に、これまで自分がどれほど強い力でとらわれていたかを意識する。

世界はラランジャのように丸いのだ。



2013年2月19日火曜日

猫、白、緑

土曜の朝、
駅に向かう途中、
大きな横断歩道の手前にあるお屋敷の石塀に猫がいた。

少しよごれた白に黒いぶち。
ときどき見かける猫だけど、
その時刻の日光と同じぐらいの角度で斜め上を見上げる姿は見事だった。

歩行者用の信号が赤にかわるのをちらりと確認してから
猫の視線をたどると、見上げる先には椿の花があった。
しっとりした白にほんのり紅のさした花びら。

山田緑さんの絵のようだった。







2013年2月16日土曜日

オレンジ、連想、崖っぷち

ネーブルオレンジを買った。

スパッと半分に切った瞬間、メキシコの記憶が蘇る。

メルカード(市場)の情景。
ごつごつした石畳の帰り道。
スニーカーの足裏の感触。照りつける日差し。
ごつごつした石畳、段差の多い歩道、
二重の鍵、鉄の黒い扉、
扉をあけてしめたのを聞きつけたセシリアの
サラワレッカムという声(セシリアはメキシコに住むムスルマーナだ)
みっちゃん(ゴールデンレトリバー)の爪音、ふかふかの毛、ピンクの舌、
木の床の感触、左の窓からの日差し、
トルティージャの香り、
台所、
アンドレス(セシリアの息子)にオラと挨拶、
ビニール袋、買ったばかりのオレンジをとり出して
ナイフでスパッ と。

嗅覚の神経は、論理的思考をつかさどる回路を介さずに
記憶や感情の回路にダイレクトにつながっていると
聞いたことがあるような、ないような。

そしてオレンジの香りからもう一つ思い出したのが
フェルナンド・バジェホの『崖っぷち』(久野量一訳、松籟社、2011年)。

小説のどこかで出てきた、(ゴミバケツに入っていた、のだったか?山ほどの、だったか?)
腐ったオレンジの匂いは
あの作品の核心をついていると感じた。

無粋を承知で、冗長なことばにしてみるならば

いつのまに腐っちまったんだよ。
鮮やかな色が却って腹立たしいよ。
まだ残ってる甘い匂いで胸が悪くなる。
なんなんだよ、この有り様は。
あのオレンジを返してくれよ。

…という感じ。

もとから苦くドロドロしたような何かじゃなくて、
よりにもよって
何よりも爽やかな、気持ちにもからだにも健やかなはずの果物が、腐った。
みすみす無駄になった。最低な仕方で。
大切なものが失われてしまったこと、
そして、それを取り戻す術はもはや残ってないことに対する、
腹立たしさ、くやしさ、情けなさ、悲しみ。

尖った暴力性(violencia)の根には、ときとして(あるいはしばしば)、深い悲しみがある。
そんなことを感じた小説だった。



そらに


 親父  と 親交。

音にしたら全然違うのに見た目は似ている。
他人のそら似。

「父」という文字は、
これが漢字だという意識を脇にどけて、じっと眺めていると
目をつぶったヒツジの顔みたいにも見えてくる。

2013年2月6日水曜日

ひ、ふ、み

「はたちの献血」のポスターを電車で見た。
「はたち」ということばには、「ち」が含まれているな、
うまくできている、と思った。(偶然だろうか?)

同じキャンペーンの広告を今度はラジオで聞いて
ふと、日本語には一音節の名詞が山ほどある、ということに思い至った。
(ほかの言語で、同じように一音節名詞が豊富なものはあるだろうか?)

たとえばMa行なら、「間、実、無、目、藻」。

もし、自分が日本語を外国語として学ぶ立場だったら
正しいのは「Maがわるい」なのか「Moがわるい」なのか、
正しいのは「Muの境地」なのか「Meの境地」なのか、混乱してしまうかもしれない。
(しないかもしれない。)

そういえば、一音節名詞の中には、
ことばを覚えたて(あるいは覚える前)の小さなこどもにも身近な「め」や「て」もあるが
こどもむけには「おめめ」とか「おてて」と長くするのも面白い。




2013年2月4日月曜日

春へ

年が変わって何も書かないうちに、ついに立春に。

はて、「立春」はスペイン語で何というのだろうと思って
クラウン和西辞典を開いてみたらシンプルに
el "primer día de primavera"、「春の最初の日」、初日、第一日、とのこと。

「西洋」でも時刻は24に分けるのに、
季節を24に分けるのは「東洋」ならではなのか。

気象予報によれば、東京でもこれからまだ雪が降るらしいが
気分は、どんどん頼もしくなってくる太陽に寄って、少しずつ春へ。

2012年12月30日日曜日

granada de Mexico





 今日の東京は冴えない曇り空なので、鮮やかなものを見たくなった。
 
 この夏、メキシコシティでごちそうになったザクロ(スペイン語でgranada)。


 ナイフで切るのではだめ、
 こうして割ると、実の美しさが映える(lucir)のよと、割ってくださった。

2012年12月1日土曜日

9月の港



12月1日。チェルノブイリのこどもたちの写真が載ったカレンダーは
ついに最後のページになった。
「~さん、今年やり残していることはありますか」
なんていうことばがラジオから聞こえてくる。

それはもうたくさん、あまりにたくさんある。
上にあげた港の写真も、そのひとつと関係がある。

今年の9月末、
朗読劇『銀河鉄道の夜』夏の東北ツアーを見に行ったときに撮ったもの。

朗読劇が行われたのは岩手県の住田町で、
写真の港は、お隣の大船渡。

前の晩には、ここ大船渡の仮設住宅での交流会にも加えていただいた。
用意していてくださったつみれ汁の、なんと、美味しかったこと!

さて。
この港から住田町に戻るのに、陸前高田市を通った。
たかだか2泊の、2012年の、しかも9月末になってからの岩手旅だったが
そこで見たこと、感じたこと、考えたことを
どんなことばにすればいいのか、していいのか、いまだに答えが出せずにいる。


大船渡で教えてもらった土地のことばを、
東京の西の端で暮らす中で、たびたび思い出す。

「つかれたー、という人がいたらね、
 ねておきろー、というのよ。
 可笑しいでしょう、
 休んだらというんじゃなくて、寝て起きろー、っていうの。」

つかれたら、ねておきろ。
しっかりやすんで、そうしたら目を覚まして、動くのだ。


2012年11月29日木曜日

おはらすか hojarasca

世界一美しいことば大賞というのがあるらしい。
晩秋の今、私が選ぶとしたら断然、hojarasca だ。
(hojarascaと言えばガルシア=マルケスの短編を思い出す人もいるだろうが、
 それは今回の連想の外側にある。)

スペイン王立アカデミー編纂の辞書によれば、
第一義は 「木々から落ちた葉の総体」

hojarascaという語の発音をひらがなで再現するとすれば
「おはらすか」

 「は」の部分は少しかすれた感じに、
 「ら」の部分からフェイドアウトするように、
 「す」の部分は、子音だけで発音する。

おはらすか。hojarasca.

木から、はらはらと落ちてくる秋色の葉、
ふと見ればその葉が吹き寄せられている様子、
地面に落ちた葉がかさかさと転がる音、
秋の冷たい空気までが、くっきりと想像される。
(しかも、東京の11月末には、そうしたイメージの本物が
 歩いてゆく先に、目の前に、頬のすぐそばに、存在する。)

…とは言っても、スペイン語圏の人たちはおそらくhojarasca
ということばに美しさを感じることは少ないのではないか とも思う。

というのも、先ほどと同じ辞書によれば
第二義は「木や植物の、過度の、そして無益な茂り」
第三義は「無益で中身がほとんどないもの、特に、ことばや約束」
(葉が落ちるのは、冬のさらに先の春のためなのに、無益とは。)


それでも、ここ東京の西の端では、しばらくの間ひっそりと
おはらすかhojarascaを楽しんでいよう。



2012年11月6日火曜日

artista sin frontera

2年生と3年生の授業に、ゲスト・スピーカーをお招きした。

NGO<国境なきアーティストたち>代表の、エクトル・シエラさん。

コロンビアに生まれ、
旧ソ連留学時代にはセルゲイ・パラジャーノフ監督のもとで映画づくりを学び、
コソヴォ、東ティモール、アフガニスタン、9.11後のニューヨーク、など
武力紛争、衝突、衝撃的な事件を経験した土地に出向いて、
こどもたちを相手に、
絵を描く、折り紙を折る、などのワークショップを行ってきた方だ。


一方的に話をして聞かせるというのではなく、
学生ひとりひとりに質問を投げかけるチャンスを設け、
それぞれに対して丁寧に答えるという形で、少しずつ話をしてくださった。

その進め方に、なるほど、と思う。


それから、ご自身の活動の様子をまとめた映像を見せてもらった。
日本のこどもたち。ニューヨークのこどもたち。アフガニスタンのこどもたち。

映像のなかで、特に印象に残った場面が二つ。

ひとつ。
アフガニスタンの、女の子たちのクラスを担当する先生(若い女性)が、こう言った。

 消しゴムやえんぴつは使ったら消えてなくなってしまうけれど
 あなたたちが学んだことは、消えません。
 家に帰ったら、もう一度練習してごらんなさい。




もうひとつ、こちらはもう少し複雑な思いをのこした場面。

アフガニスタンの、四歳から絨毯織りの仕事をずっとしていて、
学校に行く機会を持たずにいる女の子(八歳ぐらい?)が

将来の夢は何?と聞かれたときには
何も答えずに赤い糸を織り込みつづけ、
大きくなったら何をしたいかと聞かれたら、今度は目を輝かせて、こう答えた。

 大きな絨毯を織りたい!


字幕を読んでまず思ったことは、この子も、もし学校に行ければ、
もっと可能性が広がるかもしれないのに、ということ。

けれど、大きな絨毯を織りたい!と言ったときの
彼女の目の輝きといったら、その威力は圧倒的で

教育を受けて、可能性が広がったほうが幸せだろうにと思うのは、
よそ者である私の身勝手な考えなのかもしれない、という思いも頭をよぎる。

さて、幸せとは何なのか。


面白い刺戟というのは、
問いを解決するのではなく、
反対に、問いを開いてくれるものなんじゃないかと思う。

2012年11月5日月曜日

山から見た虹





浅間隠山、山頂近くから見えた虹。



2012年9月17日月曜日

本の値段

日本で出版される本を見ると、カバーの部分に定価が印字されているけれど
メキシコの本には、それがない(ただし、ISBNを示すバーコードは印字されている)。

本全体を包む薄いビニールのカバーの上に値札がついていることが多く
それがない場合は、店員さんに尋ねれば
バーコードをつかって、あるいはタイトルと著者から検索して、いくらか教えてくれる。

本の価格は、古書店でなくても、書店によってかなり違う。
(私は数回しか利用したことがないけれど、El Sótano は比較的安いと聞く)


また、大手出版社・書店のFondo de Cultura Económicaの場合だと、
出版されてからある程度時間が経つと(1年?2年?詳しくはわからない)
値札シールに二行目が出現、
そこには新刊本の値段から10%割り引かれた数字が印字される。


それから、上記のFondoや、Siglo XXI、Porrúa, それに大学の出版局などの
直営書店の場合には、
メキシコの大学が発行した学生証を会計の際に提示すれば、
それぞれの出版局が出した本は、かなり大きな割引率で購入することができる。

 たとえばメキシコ国立自治大学(UNAM)の場合には、
 半額に、あるいは25%引き(共同出版の場合)になる。

メキシコ市に留学したときの実感からいうと、
あの町で生きていく上で最低限必要な諸経費(食費、交通費、住居費など)に比べると
書籍の値段はだいぶ高いので、学生には嬉しい配慮だと思う。


今回のメキシコ滞在中、8月30日にFondoの書店で Venta nocturna という催し
(夜の大売り出し、とでも訳せるだろうか)があった。
6時ごろから始まり、夜の12時までで、
Fondoの出版物は40%引き、ほかの提携各出版社の本も大いに値引きするというもの。

メキシコ市でもっとも大きなFondoの支店、Rosario Castellanos店(Av. Tamaulipas)に行くと
店内は、日本のデパートのバーゲンセール、レディースフロアーぐらいに混んでいて
仮設レジがいくつか用意してあったにもかかわらず
各自何冊も抱えて並ぶ大勢の列はなかなか進まず、結局40分か50分ぐらい待った。

レジ待ちの間、なにやらトークショーのようなものが聞こえてきた。ある女性客のコメント:
 -メキシコ人には本を読む人が少ない、なんていうけれど
  そんなことを言う人には、この光景を見てほしい!

そういえば、毎年、旧市街(の、Palacio de Mineríaだったか?)で開催されている
ブックフェアに行ったときにも、ほんとうに大勢の人が来ていることに目を見張ったことがある。


文化が、そして読む、知る、考えるということが、
それを楽しみたいという思うすべての人にとって手に届くものになるチャンスがあるのはいい。








2012年9月16日日曜日

ぷてぃんてたはどこにいる?

三年ぶりにやっと会えたヒメナは、また新たな作品を刊行していて、 
そして今や、ふたりの女の子のお母さんだった。

ルシーアは幼稚園に通い始めたばかりで、
部屋を案内してくれたり、踊ってみせてくれたり、ぴょんぴょん跳ねたり、何とも活発。

おしゃべりざかりなのだけれど、
まだ舌足らずで、
"s"や "r"の発音が難しいらしく、"t"で代用している。
プリンセサ[おひめさま]は、ぷてぃんてた。

"t"の音だらけのスペイン語は、私にとっては暗号のようで
ルシーアのおはなしを"聞き解く" には
状況の文脈と、かのじょの仕草をじっくり見る必要があった。


いっぽうのイサベルは、ようやくつかまりだちができるぐらい。

ヒメナが "?Dónde está Isabel?"(イサベルはどこにいる?)と優しく言うと、
イサベルはちいさな両手を顔に寄せ、「いない、いない」のしぐさをする。

"?Dónde está?" と、再びヒメナ。
イサベルの手は、まだ顔のあたりにある。

そして、ぱっとどける。
"!Ahí está!"  そこにいる!と、ヒメナ。
イサベルの顔が、ぱあっと明るくなる。



ヒメナの新刊は、こんどは小説ではなく童話。
メキシコの神話と現代メキシコの現実を重ねあわせ、
こどもたちが生き抜く知恵をそっとささやいて教えるような作品らしい。
何ということか、手に入れそびれて帰って来てしまった!

2012年9月14日金曜日

agua, hot water そしてお湯!

今回は、メキシコ・ベニートフアレス国際空港→ダラス・フォートワース空港→成田空港
という経路で帰ってきた。
(ちなみに、アメリカン航空のダラス経由で行けば
 メキシコ/日本間、乗り継ぎ地で預け荷物を
 いったんピックアップしなくていいことを知った。とても助かる。)


それぞれのトイレで手を洗ったときの印象。


メキシコ市…あいかわらず少なめ、でも必要十分の水量

ダラス…ぬるま湯、9月でも温めるのか

成田…さらにあたたかい、こんなに蒸し暑いのに!そしてものすごい水量、もったいない


メキシコに初めて留学した2005年夏には
水道から出てくる水の量が少ないのは不便だと感じたけれど(特にシャワー)
いつの頃からか、あれでちょうどいいと思うようになった。

おそろしい時代のように「贅沢は敵」、なんていうことは言わないけれど、
"必要十分"が選択できるようだと嬉しい。


時差・時刻

メキシコに半月ほど滞在してきた。
あちらはまだサマータイム実施中。
朝は7時でもまだ薄暗いけれど、夜は7時半すぎまでは明るかった。
午後がたっぷり使えて助かった。

東京に戻って半日、
時差のずれに、もちろん体はまだ適応しておらず
朝5時半に目が覚めた。
が、もうだいぶ明るくかったので、
気分としては、その時点ですでに朝7時半ぐらい。
東京の太陽時刻にうまく調整 ajustarできているなら嬉しい。

2012年8月23日木曜日

嗅覚の地図


嗅覚の目印でつくった地図あるいは道案内をたよりに、
人は目指す場所にたどりつくことができるだろうか?

ほとんどの道がアスファルトで舗装されているような都市では無理?
五感入ってくる情報がすべて鮮やかな夏なら、可能?


とっぷり暮れた帰り道、暑さにくたびれて半ば惰性で歩いていたら、
わっとオシロイバナの妖しく甘い赤紫の香りが右のほうから飛び込んできて、
それに続いて畑の匂いがして、
自分が、今まさにその地点を通過しているのだということを
とつぜん鮮烈に意識した。
その場の空間が、記憶に(あるいは認識に)、
<立体的>とでも形容できるような、像を結んだ感じがした。

そういえば、
小学校への通学路には豆腐屋があって、
朝の登校のころにはちょうどおからが白いほかほかした湯気をたてて
店の外に置いてある大きな容器にほろほろほろほろ転がり出ていた。
換気扇が音を立てて盛んに回っていた。
おからの香りはむせるようで、当時は少し苦手でもあった。
今は懐かしい。
豆腐屋さんの湯気を過ぎると、学校はもうすぐだった。
おからの香りを思い出すと、
学校の裏門に続く坂の傾斜まで、体が思い出すようだ。

(下校時刻になると、
 おからの容器はきれいに洗ってふせてあったように思う。
 この記憶はあやふや。)








2012年8月16日木曜日

かこいの外と内


8月16日、ひさしぶりに『常用字解』を開いてみた。

 国(國)
 「会意。もとの字は國に作り、口(い)と或(わく)を組み合わせた形。
 
 或は口(都市をとりかこんでいる城壁の形)の周辺を戈(ほこ)で守る形で、
 國のもとの字である。

 或がのちに「或いは」のように用いられるようになり、混同を避けるため、
 或に改めて口を加えて國とし、武装した国の都をいう。

 のち、「くに」の意味に用いる。

 唐代の則天武后(七世紀の女帝)は國が限定するという意味を持つ或を
 構成要素としていることを不満とし、國の代わりに八方(あらゆる方向という意味)
 を入れて圀(こく)の字をつくらせた。

 この字はいま徳川光圀(黄門)の名前に残されている。

 国の字形は國の草書体から生まれた略字であるが、
 いま常用漢字として使われている。  

 [用例] 国益 国家の利益 / 国家 くに /国政 国の政治
       国都 首都  /国防 外国の侵略に対する防備
       異国 外国  /隣国 となりの国
  
 (白川静 『常用字解』、平凡社、2003年、209頁)


古今東西、
さまざまなかこいのなかで
重大な、そして何らの事情のために解決の難しい問題が起きたとき
そこに生きるひとびとに、かこいの外に目を向けさせて、
本来の問題から注意を逸らすという力がはたらいてきたことを思い起こす。

矛の動きは、ほんとうのところは何を守ろうとしているのか
それぞれのかこいのなかで冷静に考えなければ、おそろしい。



2012年8月10日金曜日

サボテン命名の謎

旦先生があちこちに養子に出したサボテンたちにつけられた名は、
なぜ女性を思わせる名前ばかりなのか?

スペイン語だとcacto, cactusは男性名詞。
ポルトガル語だと違うのか?なんて思っていながら、調べずにいた。

が、今朝、謎が解けた。(たぶん)

あんずジャムを塗ったトーストを食べながら、
オレンジ色の鉢の「ムケカ」に、ふと目をやると
あれ?
何かいつもと違う。
じっくり見たら、手の小指の爪ほどに、ぼこ、と何かが出ている。

ぱぱぱぱ、と記憶の蔓が自然にたどられていく。

声の記憶。


「サボテンてさ、どんどんふえるんだよー

 ぼこ、っていうのが出て、その、ぼこ、っていうのをわけてうえると、

 サボテンになるんだよ

 そうやって、ぼこ、っていうのができるたびにわけていったら

 400鉢」


「よんひゃっぱち」という突拍子もない数(と、そのひょうきんな音)にあのとき、
電車のなかで、つい大笑いしたのだった。
横隔膜の記憶。


そこから一気に推論。
サボテンには、母のイメージが重なるのだろう。
それから、もしかすると
男にとって「予測不能な、手に負えない、つい振り回されてしまう」相手である
女のイメージも。

(メニーナのほうも、大きな鉢にうつしてやらないといけない。
 あらためてよく見ると、いつのまにやらムケカとの差は驚くほどになっている。)

2012年7月4日水曜日

多言語化

二度の留学でお世話になったメキシコ国立自治大学(UNAM)の
ホームページの、メイン画面に
いつのまにか言語変換オプションが加わっているのを見つけた。

メキシコの第一言語であるスペイン語(メキシコ国旗のアイコンで示されている)のほかに
英語、フランス語、ドイツ語、日本語、中国語、ポルトガル語が選べる。

これらの言語で閲覧できるページは、今のところまだ限られた数しかないが、
それでも、画期的だと思う。