少し前のこと。
おなかの調子の悪かった私がおかゆを温めに一階に降りると、
台所がやけに賑やかで、とてつもなくいい香りがしてきた。
そこにいたのは、
家主のセシリアの従兄(南の町メリダ出身)・従妹(北の町チワワ出身)の二人。
たまたま同じときにメキシコシティに来ることになり、二泊三日、セシリア家に滞在するとのことだった。
夕飯を一緒にどうか、と誘ってくれたのだが
スポーツドリンクとビスケットだけの一日の直後だったので、お礼を言って断った。
けれど、何とも美味しそうな香りが、鼻をくすぐるどころか全身を揺さぶる。
プロなんですか、と尋ねると、従兄は本当に20年間カンクンのレストランでシェフをしていたとのこと。
ついに誘惑に負けて、端整なサラダを少し分けていただいたら、
両手の血管がじわりとするほど美味しかった。
夜も更けてお皿を洗いに台所に降りると、なんと二人は台所をピカピカに磨いていた。
そして、「明日は、君も食べられるようにおなかに優しい料理をつくっておくよ」。
翌日。
7時過ぎに大学から戻ってドアを開けると、有名料理屋の厨房のような香りが漂ってきた。
台所に行って二人に挨拶をし、今日は何をしていたのかと尋ねると、
昼にテオティワカンのピラミッドにのぼり、午後にはシティに戻って市場に買出しに行っていたとのこと。
セシリアとアンドレス(息子さん)が帰ってくるのを待ち、食卓に赴くと…
サラダと、御飯と、鶏肉の緑トマトソース(チリ抜き)。
「油もほとんど使わずに料理したから、きっと食べても大丈夫だよ」
美しい盛り付けに目は丸くなり、一口食べれば笑顔になる美味しさだった。
そして更に、会話上手、もてなし上手なのだ。
さて、翌日、二人の出発の日。
この日、私は家で作業していた。午前10時過ぎにお茶を入れに降りると、
すでに出かけているはずだった二人は、一階のダイニングと台所を掃除していた。
「午前中は出かけて、昼に空港に向かうつもりだったんだけど、
あまりせかせかするのもいやだったから、家にいることにしたの」
従姉の家は、塵ひとつないくらい完璧に手入れが行き届いているらしい。
いくら従兄姉とは言え、こんな来客があるものだろうか。
意外性。おばあさんと犬の詩(マザーグース)を思い出した。
あのいたずら犬がこの二人のようだったら、おばあさんも毎回肝を冷やさずに済んだだろう。