Copain (ともだち、なかま)というフランス語の語源は「ともにパンを食べるもの」というところにあるんだと
グルノーブルでもじゃもじゃ頭の先生に聞いたのを、何かの拍子に思い出した。
CompanyやCompañíaも同じこと。
何かを一緒に「食べる」というのは、絆を深める行為であると思う。
お米の国日本にも似たような表現がある。
すなわち、
同じ釜の飯を食う、ということから、おなかま。
2009年5月12日火曜日
ミニマル・クーリング
蒸し暑い日曜日、粗忽にも引き戸に指をはさんで悲鳴をあげた。
冷凍庫から保冷材を取り出し、タオルごしに当てて応急処置。
やれやれ。
落ち着いてきたら、その「冷やっ」とした部分のおかげで
蒸し暑さがあまり気にならなくなっている、ということに気がついた。
怪我の功名。
これからの季節に、つかえる。
と思っていたら、
今日たまたま通り抜けた無印良品で、まさにそのコンセプトで涼をとるグッズが売られているのを見た。
保冷材を入れるタイプと、水に濡らすタイプとあって、首に巻いたり、額に当てたりする。
ちょうど、幸恵さんから
「こういうのがあったらいいな、と思うものは、
たいてい誰かが既に考えてつくっている」という話を聞いたばかりだった。
ともあれ、カイロの逆感覚のようなミニマル・クーリング、よさそう。
冷凍庫から保冷材を取り出し、タオルごしに当てて応急処置。
やれやれ。
落ち着いてきたら、その「冷やっ」とした部分のおかげで
蒸し暑さがあまり気にならなくなっている、ということに気がついた。
怪我の功名。
これからの季節に、つかえる。
と思っていたら、
今日たまたま通り抜けた無印良品で、まさにそのコンセプトで涼をとるグッズが売られているのを見た。
保冷材を入れるタイプと、水に濡らすタイプとあって、首に巻いたり、額に当てたりする。
ちょうど、幸恵さんから
「こういうのがあったらいいな、と思うものは、
たいてい誰かが既に考えてつくっている」という話を聞いたばかりだった。
ともあれ、カイロの逆感覚のようなミニマル・クーリング、よさそう。
2009年5月10日日曜日
ハームフォン
風邪でもインフルエンザでも、
咳とくしゃみによって広がることが一番多い、と聞く。
だいたい、くしゃみといえば「ハクション」という発音が刷り込まれているから
「ショ」のあたりでかなり撒き散らしてしまいそう。
フランスでは アチュー という音に近いくしゃみをする人が多いような印象を受けた。
飛沫のとびちる範囲は、少し狭いような印象。
メキシコでは「ハクション」型が多く、親近感を抱いたが
飛び散るという観点で言えば、よくない。
ムグ と押さえ込んでしまうくしゃみ法もあって、これは外に迷惑をかけなさそうだが
圧力がかかって鼻にも耳にも悪いらしい。
ハー という序を長引かせてティッシュをすばやく取り出し、
さっと口を押さえて、ムフォン と勢いを消してしまうのが一番よさそうだ。
咳とくしゃみによって広がることが一番多い、と聞く。
だいたい、くしゃみといえば「ハクション」という発音が刷り込まれているから
「ショ」のあたりでかなり撒き散らしてしまいそう。
フランスでは アチュー という音に近いくしゃみをする人が多いような印象を受けた。
飛沫のとびちる範囲は、少し狭いような印象。
メキシコでは「ハクション」型が多く、親近感を抱いたが
飛び散るという観点で言えば、よくない。
ムグ と押さえ込んでしまうくしゃみ法もあって、これは外に迷惑をかけなさそうだが
圧力がかかって鼻にも耳にも悪いらしい。
ハー という序を長引かせてティッシュをすばやく取り出し、
さっと口を押さえて、ムフォン と勢いを消してしまうのが一番よさそうだ。
2009年5月7日木曜日
芋づるの取っ掛かり
ソレーヌとの思い出話で、ある夕食の話題が出た。
弟さんも日本に来たときのこと。
鍋料理だったらしいのだけれど、なぜかその日で思い出せるのは
そのお店に行く途中の、宮益坂を歩いていたときの情景だけ。
ああ、なんでだろう、
ごめんねせっかく一緒に行ったのに思い出せなくって、、、と言ったら、
「わたしが思い出せるのは、その夜に撮った写真のおかげもあると思うよ」
記憶は、思い出す手入れをしておかないと引き出せなくなってしまうから
ときどき「思い出す日」をつくるんだ、と言っていた人がいた。
それにしても、写真やメモや、
ちょっとした取っ掛かりがあるとないとではまったく違う。
取っ掛かりがあれば、芋づる式にツルツルツルと
覚えていたことが驚き、というような細部まで思い出したりする。
取っ掛かりを残そう、と思った。
弟さんも日本に来たときのこと。
鍋料理だったらしいのだけれど、なぜかその日で思い出せるのは
そのお店に行く途中の、宮益坂を歩いていたときの情景だけ。
ああ、なんでだろう、
ごめんねせっかく一緒に行ったのに思い出せなくって、、、と言ったら、
「わたしが思い出せるのは、その夜に撮った写真のおかげもあると思うよ」
記憶は、思い出す手入れをしておかないと引き出せなくなってしまうから
ときどき「思い出す日」をつくるんだ、と言っていた人がいた。
それにしても、写真やメモや、
ちょっとした取っ掛かりがあるとないとではまったく違う。
取っ掛かりがあれば、芋づる式にツルツルツルと
覚えていたことが驚き、というような細部まで思い出したりする。
取っ掛かりを残そう、と思った。
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