旦先生、石井先生。
20代の頃の話を聞いてしまいました。
この国での日々をどんな風に過ごし、何を考えていたのか、
今日聞いた断片からいろいろ想像しています。
1989年発行のMÉLI-MÉLO(08号)も貸していただきました。
目次だけ転記させてください。
今福龍太 「J・M・G・ル・クレジオ -物語としての民族誌-」
管啓次郎 「対話によるエスノグラフィについて」
加藤正英 「ヴァナキュラー・ポリティクスは可能か?」
赤間啓之 「分類に物語がつくれるか?」
Andrew Brown 「Love stories」
Gabriel Weisz Carrington 「Mathematics of Introspection」
港千尋 「HANDS (1988)」
村田千春 「白菜の父」
旦敬介 「おはよう、フリーダム・ビーチ(上)」
ページをめくるたびに、
錚錚たるメンバーの現在の言葉や声の描く線に三角定規を二つあてて、
時を戻して平行線を引いてみているような (それは平行ではないかもしれませんが)
不思議な感じがします。
そして、(身の程をわきまえずに) ライバル心をも抱きました。
2008年7月2日水曜日
2008年7月1日火曜日
おじいさん運転手さん
Revoluciónを渡ったところで、ちょうどよく目当ての行き先のmicrobusが来た。
"San Angel, por favor"とコインを渡すと、
ゆっくりと受け取ってくれたのはがっしりとした皺だらけの手。
外見や仕草から見るに、ゆうに70代後半を越しているに違いない。
おじいさん運転手さんは、
通り過ぎるバス停の名をひとつひとつ声高にアナウンスしてくれ、
(普通、アナウンスはない。初めての場所へ行くときは、着いたら教えてくださいと頼んでいる。
そうでないと、自分がどこを通っているのだかさっぱりわからない)
次々乗り込む客の行き先を告げる声に、ひとつひとつ言葉を返していた。
仲間のバスとすれ違えば、男友達同士がガシっと抱き合うような格好でゆったりと腕を上げる。
(もちろん、片手だけ。もう一方の手はハンドルを支えている)
これまで何キロの道のりを、何人のお客さんを乗せて走ってきたのか、
歴史を刻んだ太い木の幹のようなどっしりとした運転手さん。
フロントガラスには、
運転手さんと同じお茶の水博士のような髪型 (しかも白髪)の、
笑顔のバービー人形の首がぶらさがっていた。それもどこかユーモラスでいい感じだった。
"San Angel, por favor"とコインを渡すと、
ゆっくりと受け取ってくれたのはがっしりとした皺だらけの手。
外見や仕草から見るに、ゆうに70代後半を越しているに違いない。
おじいさん運転手さんは、
通り過ぎるバス停の名をひとつひとつ声高にアナウンスしてくれ、
(普通、アナウンスはない。初めての場所へ行くときは、着いたら教えてくださいと頼んでいる。
そうでないと、自分がどこを通っているのだかさっぱりわからない)
次々乗り込む客の行き先を告げる声に、ひとつひとつ言葉を返していた。
仲間のバスとすれ違えば、男友達同士がガシっと抱き合うような格好でゆったりと腕を上げる。
(もちろん、片手だけ。もう一方の手はハンドルを支えている)
これまで何キロの道のりを、何人のお客さんを乗せて走ってきたのか、
歴史を刻んだ太い木の幹のようなどっしりとした運転手さん。
フロントガラスには、
運転手さんと同じお茶の水博士のような髪型 (しかも白髪)の、
笑顔のバービー人形の首がぶらさがっていた。それもどこかユーモラスでいい感じだった。
2008年6月20日金曜日
自転車の町(SF回想)
自動車が王様のようなメキシコシティと違って
自動車は自転車に気を配ってくれるし、
(法律で定められているからだという話も聞いたので
ドライバーの心がけの問題ではなく、
訴訟大国であることも影響しているのかもしれない)
東京を訪れたメキシコ人夫妻が、
自転車がいつどこから来るかわからないのがこわいと言っていたが、
こんな風に住み分けができていれば、加害者になることもない。
電車の駅には駐輪場が整備されていて、
それほど自転車の台数が多くないからかもしれないが
放置自転車をみかけることもなかった。
電車にも自転車を乗せられる車両がある。
日本のある電車路線で、廃線寸前に追い込まれていたところ
自転車持込可にしたら利用者が増え、
経営が持ち直したという話を思い出した。
坂の町サンフランシスコでは、バスの顔面部分にこんなスペースを見つけた。
人類の発明の歴史で一番は
コンピューターか、はたまた歯ブラシか、
という話を聞いたことがあったが、自転車も相当なものだと思う。
2008年6月13日金曜日
カリフォルニアの紫樹、紫陽花
登録:
投稿 (Atom)