2007年11月11日日曜日

「幸せであれ」


11月10日、ぽちと河原君の結婚式。
新郎新婦の両方をよく知っている結婚式は初めて。
とは言っても、高校を卒業してから早いもので10年ほど経っている。
スピーチや映像を通じて、
二人それぞれがどんな風に過ごしてきたのか、
どんな人たちに囲まれていたのか、
二人が一緒にどんな時間を過ごしてきたのか、
じっくり見ながら、
今まで話に聞いてきた断片をつなぎ合わせていく気分だった。

日産の自動車の乗ったケーキ、
車は新居に飾るのかな?

集まった皆の気持ち、そして
歌でいっぱいの、この土曜日に
披露宴で新郎新婦に贈られた歌や
二次会で新郎のバンドがうたった歌や
新郎の伴奏で新婦がうたった歌や
大合唱になったLove Love Loveにこめられた気持ちは、
新郎が、新婦へ贈るとうたった歌の、最後のことばに尽きる。

「幸せであれ!」


2007年11月5日月曜日

イタリアン・バーベキュー


日曜の朝、湘南新宿ラインに揺られて籠原へ。
駅まで迎えに来てくれた先輩の車で、
ワイワイとご自宅へ向かう。
「庭でバーベキュー」と思って
ジーンズにフリースにスニーカーで行ったのに、
準備がすでに進んでいたのは、
カラフルできれいでいい香りで端正なイタリアン。
焼きたての
香ばしいバゲットを切るのと、
アスパラに生ハムをまく役目をもらった。



テーブルにはシャンパン、サングリーアにペリエ。
こんなに洒落たテーブルの向こうでは、
こどもたちがはしゃぎ回っている。











鶏にバジルペーストを塗って
チョリソー(違ったらごめんなさい)を巻いた串焼きに、
ハーブに漬け込んだ牛肉、ズッキーニ、なす、
かぼちゃ、アスパラの生ハム巻き、
鮭としめじのホイル焼き。








庭のオリーブはつやつやしたきれいな黒。
秋になる前は、緑だったらしい。

「ぶるーべりー」と言って収穫してしまったこどもを見て、
オリーブの持ち主は「あー…」と苦笑。









庭のではないオリーブと、タコのサラダ。
「この黒いの、好きー」なんて、
まだ四歳の誕生日前だというのに…
その横からは、
「ぶるーべりー」というつぶやきが再び聞こえてきた。








半分に切ったミニトマトの甘さと、
鶏の塩味にバルサミコが絶妙なおいしさ。
水菜バージョンとルッコラバージョンがあり、
お勧め通りにルッコラはさらに美味しかった。
サラダ一品とパンと水があれば、十二分に満足できる。







ボンゴレ・ビアンコと、
パンチェッタとトマトのパスタ二皿を
くるくる巻いて食べたあと、
さらにオーブンから登場したのはラムチョップ。
焼き加減も最高で、骨ぎりぎりまで食べる。

デザートには、とろとろティラミス。




…と、写真に写っている洒落た素敵な料理は
日曜の集まりの主役のうちのひとり。

もうひとりの「主役」は、
カレーを食べ、なわとびをし、
大興奮で白玉だんごをつくり、
ケーキ!ケーキ!と飛び跳ね、
歯みがきした後も、こっそりつまみぐいしてしまうこどもたち。

美味しいものを
たくさんいただき、
こどもたちと一緒にたくさん笑い、たくさん動き、
こどもたちの思いがけない行動や、先輩たちの頼もしい「親」ぶりに、
すっかり感じ入る日曜でした。

2007年11月3日土曜日

歴史、きし、軋む (多和田さんの波紋)

多和田葉子さんと高瀬アキさんによる朗読+演奏のパフォーマンスを
両国のシアターXに見に・聞きに行った。

7時の開演を前に、座り心地のいい客席は見事に満席。
多和田さんも高瀬さんもベルリン在住ということもあり、
ドイツ人と思しきお客さんの姿もちらほら見られた。
全体に年齢層もいろいろ、服装もいろいろで、一人客もかなり多い。
右隣の若い女性は開演前からメモ帳を片手に何かを書き留めていた。

ふっと会場全体が真っ暗になり、後方にぽっと光が灯ったと思うと
それは文字を照らす小さな明かりで、そこから女性の声が聞こえてきた。
この声が、多和田さん。
後から考えれば、マイクを使っているのだから
ほんとうは別のところから聞こえていたのかもしれないが、
そのときは確かに光のところから聞こえる気がしていた。

即興のピアノと供に小説『飛魂』の断片が読まれ、
軽妙で
ちょっと妙でリズミカルで聴覚や視覚を自在に遊びまわる詩が読まれ、
「まっかなおひるね」の照明は真っ赤で
、透明なしゃぼん玉が面白いほどくっきり見え、
あーやーめ♪ あーやーめ♪  という声が耳に残り、
ピアノをトランポリンにして飛び跳ねるたくさんのぴんぽん玉の白さを面白がり、調律の人が見たら卒倒するに違いないと余計なことを考えてハラハラし、
ドイツ語はさっぱりわからないけれどきっと「鏡の月」は独・和で同じ詩を読んでくれたのだろうと推測し、
鬼が出てくる物語ってそういえばほんとうにたくさんあって漢字にもたくさんあって、でも一体鬼って何だと思い、
「くさ」合戦でピアニストが笑った「ほっとくさ」は本当におかしかったんだろうと思うとさらにくすくす笑えてきて、
手拍子机拍子と言葉の寄木細工のようなパフォーマンスを聞いて、詩の言葉は言語でありリズムであり音楽であり、これは楽しい
と、つい舞台上の言葉の流れる感覚を勝手に真似してみたくなり、
読み返してみるとこれは読むに耐えないけれどこの感覚を書き留めておきたいという誘惑には逆らえない。

新宿で友人夫妻と別れ、
電車で少し冷静に戻りながら『溶ける街 透ける路』を読んでいると、
多和田さんもフランスに行ったときに「ナントの勅令」って何だったっけと思ったり、「ルール工業地帯」や「ネアンデルタール人」から社会科の授業や受験勉強を思い出したりしているではないか。
そうか、多和田さんにも、黒板や教科書やノートで見たことばと、現実の空間が簡単には結びつかないという感覚があったんだな、とまた勝手な親近感を覚えた。


ヨーロッパの都市に行って、
教科書や教室で耳慣れた土地や人名や歴史的な場所に出くわして
「え、これがあの……?」「ああそうか、ほんとうにあったんだ」と思ったと書いたら、ともだちからも「あるある」という声をもらったが、
それもこれも日本では
「世界史」や「世界地理」という名前で詳しくヨーロッパの歴史や地理を教わるからなんだろう。

グルノーブルにいた頃、
隣人クレマンスと何だか歴史の話になりナポレオンの話になり、
「1804皇帝ナポレオン」をたよりに即位の年を言ってみせたら、
円周率を10分間暗唱し続けたくらいに驚かれたことがある。
フランスの「世界史」では日本の歴史はおろか、アジアの歴史も扱われず、
かたや日本の高校生がナポレオンについて習うのみならず、
さらに時代を遡って「ナントの勅令」の年号や教皇の名前まで暗記す
るのだとは、信じがたいことなんだろう。

世界の「中心」に近ければ近いほど、自分たちのことしか知らないということになるのか。
世界の「中心」から遠ければ、自分たち+「中心」のことを知らなくてはならなくなるけれど、
自分たちと「中心」のことだけ知っていても、「中心」から遠いところは無数にあり、
球体の全表面をカバーするのはとても難しい。

世界の歴史、と一口で言っても、ある場所だけが濃密で、多くの場所はスカスカで、
レキシのことを考えていると、頭の中がきしきし軋むような気がして、
こうしてみると、結局のところまだ「酔い」は醒めていないようだった。


2007年10月31日水曜日

アヴィニョンの片隅


        

サンピエール教会を訪れる観光客の多くが、
壮麗なファサードをてっぺんまでカメラに収めようと、
デジカメのモニターを見ながら教会からどんどん離れ、
うーん、まだ全部入らないな、なんて言っているうちに
後ろの建物ぎりぎりまで下がっていく。
わたしもそんな中の一人だった。

ふと振り返ると、後ろの建物の窓辺には
地球儀が遠慮がちに外の世界をのぞいていた。




2007年10月30日火曜日

フランス(5) アヴィニョンにて

ようやくアヴィニョンに着き、法王庁宮殿に登った。Papesを「教皇」、「法王」という日本語に置き換えて頭に思い浮かべると高校時代、世界史を習った教室の情景を思い出した。こうして実際にアヴィニョンを歩き、長い歴史を経て今に至る石造りの建物を見ていると、歴史は単に紙の上に書かれたことがらではなくて生身の人間が実際に生きたものなんだなあ、という当たり前のことがなんだか不思議に感じられる。






美しい絵画や彫像と、おそろしげなレリーフと、果たしてどちらが宗教的メッセージを伝えるのにより効果的だったのだろうか。








幽閉された天使。立派な羽があり、頭上には空もあるのに、囚われの身のままじっとしている。まあ、石なのだけど。










観光ガイドつきのよそのグループの足並みにならい、展望台へ上る。上から見たサン・ベネゼ橋。これが歌にもなっている「アヴィニョンの橋」。その歌、日本語版もあるんだよ、と歌ってみせると、ソレーヌは目を丸くしていた。

橋なのに途中で切れているのは何故なのだろう。





ローヌ川をはさんだ対岸から見たサン・ベネゼ橋。
アヴィニョンの橋の見えるこんな場所にカラフルなカヌーがたくさんいて、親子連れや、小学生くらいのきょうだいが練習している。もう河口に近いこのあたりは、川幅も広く流れが穏やかでこどもの練習にちょうどいいのか。

流れが緩やかそうだとは言え水深はどのくらいあるんだろう。




法王庁宮殿の前には、聳え立つ歴史を背景に、
スケボーで順番に跳ぶ男の子たち。








宮殿脇の庭には、イヤホンで音楽を聴きながらジャグリングを練習する若者。腕の動きがとてもなめらかでスローモーションを見ているような気がした。重力を操れるか、その空間だけ空気ではなく水で満ちているかのようでもあった。

アイスクリーム売り屋台のおじさんもアイスを買いに来たお客さんと一緒に見とれていた。






街には、小さなこどもを連れた家族があふれている。親子の服装の色づかいが、わざとらしくなく自然に統一感を持たせてある。やさしいピンク色の女の子は乳母車を降り、えい、と押しては追いついて、また、えい、と押して勇ましく歩いていた。

後ろからのんびり見守るピンク色のお母さん。頼もしくあたたかい。