2010年4月30日金曜日

Vi 玉

プレーンヨーグルトに蜂蜜を入れて軽くまぜたら、
なにか、これは見たことがあると思った。

「ビー玉に、こんなのあったよね」
と口にしてみれば、今度は「ビー」が気になって、

それはきっと「ビードロ」の「ビー」だろう、
きっとビードロはポルトガル語、
そういえばスペイン語でガラスはVidrio、と回路がつながり、

「ビー玉」は Vi 玉となり、語の透明感が増して感じられる。

2010年4月29日木曜日

まだ咲き初めし藤棚の


近くの公園の中にある藤は、
木々に囲まれてひんやりと過ごしていたのか、
今朝見た時点では、ちらほら、咲き始めたばかりだった。

2010年4月28日水曜日

この香りは

雨降りなのに、なのか、あるいは雨降りだから、か
歩いている右の方からふわりと何かとてもいい香り、花の香りを感じて、
あれ、これは何の花だったか、と記憶と視線の両方をつかって探せば、
藤棚いっぱいに紫の花ざかり。

藤棚と言えば、立川の昭和記念公園にも見事なのがあった。
自分では行く予定はないけれど、4月29日「昭和の日」は入園料なしで入れたはず。
と、今調べてみれば、それは確かにあっていた。
さらに
5月5日のこどもの日は、「小学生若しくは中学生又はこれらに相当する者に限り免除」だそうです。

2010年4月25日日曜日

背の丘を太陽に

朝9時前の公園にて。
お堀の中にある小さな陸地に、
7, 8 匹のカメが、重く黒く光った丸い背中を所狭しと並べて甲羅干しをしていた。
ここ数日の寒さが、すっかり奥まで染み込んでいたんじゃないだろうか。
小学校の頃の記憶、硯のひんやりと黒い重さ、墨の匂いがふっと蘇った。

2010年4月23日金曜日

スペインの前衛詩が日本語で読める

坂田幸子著『ウルトライスモ――マドリードの前衛文学運動』(国書刊行会、2010)を読んだ。

ウルトライスモとは、著者の表現を借りれば、
「1920年前後にスペインのマドリードを中心にして展開した前衛詩運動」。

自分が1920年~1940年代にかけて活躍したメキシコの詩人について
読んだり調べたり考えたりしていることもあって

その少し前のスペインでの状況(そして、最終章ではアルゼンチンとメキシコにも視野が広がる)について、
歴史的な背景(たとえばスペインが第一次世界大戦に参戦しなかったことによる繁栄)や
個々の詩人たちに関する興味深いエピソード(ボルヘスの妹ノラと、あのギジェルモ・デ・トーレが!)や、
スペインのウルトライスモとアルゼンチンのそれはどういう関係だったのかという
解決せずにおいてしまったた疑問へのこたえや、

あれこれの情報がつなぎ合わされて、
さらに、訳詩も豊富に入っていて、

乾いた土が雨を受けるような気分で読んだ。
……なんて言えば、陳腐な表現と一蹴されてしまいそうだけれど。

英語やフランス語に比べて、スペイン語圏の詩は、日本語で読めるものが圧倒的に少ない。
邦訳されている詩人でぱっと思い浮かぶのは、
20世紀ではオクタビオ・パスやパブロ・ネルーダ、
フェデリコ・ガルシア=ロルカ、ガブリエラ・ミストラルくらいだろうか。

こうして、ウルトライスモについて、作品も解説もたっぷり読める本が出たのは、とても嬉しい。

前衛の時代、世界は思いがけないほど密につながっている。
本書で扱われている、スペイン/フランス、ロシア、ラテンアメリカのつながりは勿論のこと、
ちょうど同じころの日本の「前衛」詩人の作品を思い返しても、ウルトライスモとなんと似ていることか。
恐るべし20世紀初頭のエネルギー。

まだ頭の中が沸々としていてまとまりがないけれど、
あちこちの書店に並んで、棚からすっと抜き出されていったらいいと願う。そして各自の本棚へ。
スペイン語圏にこれまであまり関心のなかった人のもとへも届いたらいい。

ビジャウルティア(本文ではビリャウルティアと表記)も最後の最後に出てきて、
(ただし、ビジャウルティアはいわゆる「前衛」運動には懐疑的で、
 マプレス=アルセのことも好きではなかったようではあるけれど)
それも嬉しい。

2010年4月22日木曜日

ハノンオイラ



左回転と右回転をまちがえて写真の天地が逆になったら
草の上に寝転んだような気分になった。
深く息を吸い込めば、健康に湿った土の香りがするような。

2010年4月21日水曜日

もみじの春



冬が緩むころ、もみじの枝先には葉の兆しみたいなものがついていたけれど
それが今ではすっかり立派に広がって、
春が来てから見てみれば、花が咲いている。


2010年4月17日土曜日

風邪のなおし方

風邪をひいている場合じゃないのに、風邪をひいた。
(風邪をひいてもいい場合など、あるはずもないけれど)

長引く風邪の感覚があったので、さっそく近所の病院へ行ったら
いいことを聞いた。半分知っていたようなことだけれど、
なんだか今回は腑に落ちる感じがあった。

風邪というのは、大部分がウィルスによるもの。
それは薬ではやっつけられない。ただ、ウィルスは、熱に弱い。
37度台の熱は、ウィルスを退治して、体に負担もかからない、理想的な体温なんですよ。
あとは、あったく着込んだり、あったかいものを食べたりするのも有効です。

あったかくし、あったかいものを飲んで食べて、唐辛子もつまんだ。
旅のときに買った帽子で頭からもあったかくした。

まだ咳は続いているけれど、
あの予感(悪寒)から考えれば、
早く脱出している方だと思う。

今回は試さなかったけれど、もっとハードな対処法を勧められたこともある。
風邪を引いたら、ぬるま湯でシャワーを浴びて、寝るべし。
風邪を引いていても、運動して運動して、体の回復力を引き出すべし。

前者は、いっそ発熱を促してウィルス退治を、ということなのだろうか。
後者は、回復しかけている今こそ、実践したらよさそう。

2010年4月7日水曜日

ぶらんこ

Blanco  (西)は日本語で 「白」。
ぶらんこ   (和)はスペイン語で Columpio.

「ぶらんこ」が気になって
いつものように電子辞書で引いてみた。
一括検索 という機能を使えば、内蔵されたすべての辞書の検索結果がずらりと見渡せる。

なかでもおお、と思ったのが百科事典マイペディア。

日本では古くは「ぶらここ」「ゆさはり」等と言った、
という心くすぐる豆知識は他の辞書にも載っていたが

ぶらんこは世界各地で「豊穣儀礼にその根を持っている」、「天地媒介」の意味があった
とスケールの大きな話がマイペディアには出ていた。

洋の東西を問わず、ぶらんこは古くから女性の遊戯とされてきたという。
そして、ぶらんこは太陽あるいは風、天なる父を象徴し、
それに地母=女性が乗ることで「聖婚」が成立する、という意味を持っていた、と。

同じく「ぶらんこ」の項の結びの一文は、
「今日では学校の運動場や遊園地などに、児童用遊具として定着している」。
神話的な世界から、急にアスファルトや電線だらけの日常に引き戻される。

2010年4月6日火曜日

ナゴヤのサノヤ

名古屋では、サノヤさんを目指して歩きに歩いた。

大須観音の近くまで着いたところで、コンビニに入って
「スーパーのサノヤさん」への行き方を尋ねてみた。

「道を渡って、大須観音をつっきっていくと商店街があります、
どう言ったらいいかなあ。コメ兵の近くなんですけどね」。

大須観音をつっきって、商店街に入ると、聞いた通りの大賑わい。
もっと時間があったら、あちこち入ってみられたのに。

さて、コメ兵は店舗がたくさんあって、
エドゥがカメラ店で掘り出しものの三脚を手に入れたはいいが、
サノヤさんは一体どのコメ兵の近くやら、見当たらない。

サノヤさんの現在の店長は三代目、と聞いていたので、
昔ながらのつくりのお店を選んで入り、店番のおばあちゃんに尋ねてみた。

「そこを、ずーっと行ってね。信号をわたってもっと奥にあるよ」。(やっぱり知っていた!)
「ちょっと遠いですか?」
「いや、遠いことないよ。」

どんなお店なんだろう、どこまで行けばあるんだろう、と
きょろきょろしながら進んで行ったら、あった!サノヤさん。


店内は、バレンタイン前のデパートのお菓子売り場さながらの賑わい。

人の流れを見きわめながら進んで行ったら、ありました。
名物のお弁当。ボリュームたっぷり、おかずも数種類入って、250円…
その隣には、大振りの野球グローブかと思うようなチキンカツ大奉仕品100円…

店長を探せたらという思いは人波にかき消され、
店内のBGMのパット・メセニーを聞くのだったということは、店を出てから思い出し。

ともかくも、ナゴヤからムサシノ台地まで7時間かかった鈍行列車の旅の腹は、
サノヤさんのお弁当のおかげで美味しく満足したまま、ぐぅとも鳴らずにすんだ。

2010年4月5日月曜日

花から花へ



週末、公園に走りに行ったついでにデジカメを持っていき
いつもは一筆書きで通り過ぎるだけの道の
途中のあちこちで寄り道をして、写真を撮った。

本格的なカメラを持った人たちの何人かは、自転車で来ていた。
存分にシャッターを切り終えると
さあ次の被写体はどこか、とばかりに、すいーっと漕ぎ出す。

何かに似ている。
花から花へ というと蝶のようでもあるけれど、
甲斐甲斐しく動くあの姿は、さしずめ働き蜂。

2010年4月2日金曜日

あることば

W. ホイットマンのある文章(日本語訳)のなかで、
あっ と目が吸い寄せられたことばがあった。

「天衣無縫」。

自分も文章もまだまだ縫い目だらけだけれど、
いつかはそんな境地に達したい。

ことだまのようなものを掴んで

伊藤比呂美さんとジェフリー・アングルスさんの対談を聞いた。

「ことだまのようなものを掴んで、取り出してみせる」という詩人の伊藤比呂美さんと
訳す文章の「声」を見つけて、その声に憑かれたようにして訳すというジェフリーさん。

たくさんの刺激的なことを聞き、感じたのに
まだうまくことばになりきらないのがもどかしい。

実証性、論理、整合性、などを第一とした、論文に取り組んでいるから
ことだまのようなものを掴めなくなりましたなんて、
そんな情けない言い訳はできない。

ちからをもいれずしてあめつちをもうごかすことばを書きたい、と強く思った。