メキシコシティでのある出来事を思い出した。
2005年の夏から半年ほど暮らしていたメトロCopilco駅近くの家の近くは
車道も歩道も、あちこちガタガタ舗装がいたんでいて、
そこを、やせ犬が何匹もうろうろしたり寝そべったりしていたものだった。
はじめのうちは、なんだか恐ろしい気がして
犬の姿が見えたら、そっと距離をとったりしていたものの
実は彼らはまったくおとなしくて、そのうち、警戒心はすっかりとけた。
ところが油断しすぎたのか、
ある日の夕暮どき、だいぶ暗くなってきたころに、
いつも犬が寝そべっているあたりの歩道をずんずんまっすぐに歩いていったら
(たぶん、私の気に入っていた近所のカフェに行くところだった)
ふわ、というか、ぶわ、というか、
ごり、ではなかったと思うけれど
地面におろした右足が何かを踏んだ、
その何かとは、黒い犬の尻尾であって
暗がりにいた黒い犬のことが、私には見えていなかったのだった。
ぎゃ、噛まれる!
と、さっと血の気が引くのがわかったけれど、
その黒犬は、クゥといったか、グゥといったか、ギャンといったか、とにかく
痛いよという悲鳴をあげただけで、
それ以上何のアクションも起こさなかった。
そこで、私は咄嗟に日本語で、
あああごめんね、ごめんね、
暗くて黒くて見えなかったの、ごめんなさい、と謝って
(いま思ってみれば、これは謝罪ではなく、言い訳だ)
その場を去った。
次の日、明るい光のもとでその黒い犬を見かけたとき
もう一度謝ってはみたけれど、あのとき以来、すっかり警戒されるようになってしまった。
夜道は、黒い犬に気をつけて歩こう。
尻尾を踏んでしまわないように。