2012年3月31日土曜日

門内幸恵さんの絵画展

2005年メキシコ留学以来の大切な友人である
画家・門内幸恵さんの絵画展が、
明治大学のGallery Zeroで、始まりました。

「エッセンスに向かって ―絵から文へ、文から絵へ―」と題して、
<文章のために彼女が描いた「挿画」と
 彼女の絵に触発されて書かれた「挿文」を並べて展示する>という企画です。

主催は、2008年から2010年にかけて
ANA機内紙「翼の王国」の連載小説『旅する理由』で
幸恵さんとコラボレートしていた、作家・翻訳家の旦敬介さんの研究室。

2011年同誌の連載小説、
六月まどかさんの『あるこほーるの夢』の挿画も、
幸恵さんが手がけていたとのこと。

展覧会の協力は、「翼の王国」、そして
くぼたのぞみさん、六月まどかさん、温又柔さん、旦敬介さんと、私。

昨年、私が二度にわたって参加した詩の朗読イベント「ことばのポトラック 」
(第1回:3月に開催/第3回ことばの橋を渡って」:7月に開催、
 いずれもサラヴァ東京)で詩を読んだ際には、
読み上げるテキストの「表紙」として掲げるべく、
幸恵さんに依頼して、素敵な絵をおくってもらいました。

(ちなみに、「ことばの橋を渡って」に参加し温又柔さんと
そして「ことばのポトラック」すべての撮影を手掛けている大川景子さんが
この「表紙」の絵に気づいて、ことばをかけてくれたことを思い出します)


絵画展の会期は3月31日から4月26日。
公式のお知らせや会場へのアクセスは、以下のページで見られます。

4月13日(金)の17時半~18時半には、ギャラリートークもあるそうです。


2012年2月12日日曜日

フリオと詩

MsWord2010の漢字変換が、なぜか、
ふだん自分がなじまないビジネス用語風になりがちだ
と、ちょっと前まで思っていた。

このヴァージョンのWordは、
使う人の語彙を学習するのではなくて、
あくまでもビジネス用語中心の頭脳を備えているのか。

そう疑ってみたくもなったけれど、

それはきっと、
2011年3月に故障寸前のPCを買い換えてから今年の年明けごろまでは、
自分が日本語を打つ分量があまり多くなかったためだったのだろう。

今日になって、そう思い当った。
そのきっかけは、この機械が、明らかにふつうでない変換をしたこと。

「ふりおとし」(振り落とし)と打ったらば、
「フリオと詩」と変換された。

ある本の題名をも連想させるような誤変換(ちょっと短いけれど)。

機械は、ちゃんと学習していた。

連想を飛躍させれば、
こちらが話しかければ話しかけるほどことばを覚える、幼子のようだ。




2012年1月18日水曜日

Rubén Darío が生まれた日

「モデルニスモの父」と呼ばれる
ニカラグア生まれの詩人Rubén Daríoの誕生日が
1月18日だったことを、先日知った。

メキシコの新聞El Universal 
オンライン版の文化欄に載っていた記事によれば
ニカラグアでは、今週、
ダリーオの生誕145周年を記念するさまざまな行事がとりおこなわれるとのこと。

柳原孝敦先生の『ラテンアメリカ主義のレトリック』(2007)のなかの
ダリーオをめぐる章の重要なエピソードを思い出した。

1910年、メキシコで開催される独立百周年記念式典のため
ダリーオはニカラグア特使としてメキシコに船で向かったが、
その途上、本国ニカラグアで政変が勃発し、大統領が交代。

メキシコ政府は、ダリーオ(=前政権に任命された特使)を
正式なニカラグア代表として迎えなかった。

この出来事に「メキシコ市のとりわけ若き知識人や学生たちは激怒した」。

と、この部分だけを抜き出してみただけでは、
ダリーオ更迭事件と「ラテンアメリカ主義」との関係、
アメリカ合衆国がどう絡んでくるのかは、見えてこないのだけれど、

ダリーオ誕生日の今日1月18日に
2012年時点の目と頭と感覚で、
もう一度、あの章を読み直しておこう。


2011年12月26日月曜日

石井康史先生におくることば

昨日、12月25日、午前11時より、
石井康史先生のお別れの会がありました。


ディキシーランドジャズに包まれた会場には、
旦先生が書いていらっしゃるように、
まさにラテンアメリカ文学の作品の中のように、
献花する人の行列が何日間も続いたみたいにいつまでも続いた。」

日が暮れて、夜が明けて、太陽が真上から照らして、
また日が暮れて、
それでもずっと途切れることのない列のように、見えました。
海の向こうにいて参列できない先生のご友人たちのところまで、
白いトルコキキョウを一輪ずつ手にしたその列が
続いているようにも思われました。


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なぜ、こんなに早くに、石井先生にお別れの挨拶をしなければならないのか、
私はまだ納得できずにいます。
なぜ、先生がいつものように正面に座ってじっくり話を聞いてくださらないのか、
どうしても納得できずにいます。

いつも、どんなにまとまりのない話でも辛抱強く聞いてくださったのに。
どんなに些細なアイディアでも面白がって聞いてくださったのに。
入院中も、リハビリの合間に、じっくり腰を据えて相談に乗ってくださったのに。
ご自宅でのリハビリの最中にも、丁寧に、丁寧に、論文を読んでくださったのに。
この夏の、大きな手術の直前でさえ、論文審査会に向けてコメントや質問を準備して、
それを録音して、奥さまの祥子さんに託して、届けてくださったのに。
審査会を終えた直後にメールを送ったときにも、病院からすぐに返事をくださったのに。
なぜ、今日は、聞いていてくださらないのか。

あら、その顔は、なんだか納得していないことがありますね?
いまの私の表情を見たら、先生はきっとそうおっしゃるに違いありません。
これまでに何度も、ずばりと指摘されたことがありました。

石井先生はいつでも、私たち学生たちのことばに、
それどころか私たちがことばにできずにいることにまで、耳を傾けてくださいました。

先生はいつか、私が研究室にうかがったときだったか、ぽつりとおっしゃっていました。
「授業中、学生のみなさんにむけて質問をしても、なかなか誰も答えないときがありますよね。
そんなときに誰かが息を吸う音が聞こえると、何か言おうとしているに違いない、
つい、そう期待してしまうんですよ。」

「このズボンの継ぎの部分はね……」
と、授業中に突然説明してくださったこともありました。
それは確かラテンアメリカのロマン主義小説についての授業で、
私がつい本題を逸れて、先生のズボンの縫い目に気をとられていたときのことでした。
少人数の授業だったとはいえ、まったく、先生は何でもお見通しでした。

私の論文が形になる前のこと、
考えがうろうろと迷ったりまとまりなく拡散したりして相談にうかがったときには、
私の混乱した説明をきき終えてから、
ちょっと整理してみましょうか、とおっしゃって、こんな質問をなさいました。
一番言いたいことを、単純な一つの文章で表すとしたら、どうなりますか。
あるいは、問いと答えのかたちで表すとしたら、どうなりますか。
そして、それからじっと、私がこたえるのを待ってくださいました。

論文が形をとった後には、
その先には何が見えているのか、その先に何を探そうとしているのか、
新たな始まりに向かうよう、私の意識を、すっと後押ししてくださいました。

こうして記憶を辿っていると、
納得のいかない気持ちが少し、晴れてくるように感じます。
いま石井先生は、目の前に座って聞いていてくださりはしないけれど、
これまでのやりとりは記憶に鮮明に残っていて、
だから今でも、石井先生とのやりとりを新たに想像することが、十分に、できそうです。

しばらく静かに休みたいんですよ、と先生はおっしゃるかもしれませんが
でも、お話したいことは山ほどあります。

私が学生を卒業して、こんどはだれかに教える立場になったとき、
それを一番喜んでくださったのは、石井先生でした。
先生は我々学生相手にも、
いつでも丁寧なことばづかいで話していらっしゃったし、
メールの文面も、こちらが恐縮してしまうほど丁寧でしたが、
一度だけ、私がスペイン語の授業を担当することになったとご報告したときには、
丁寧な文面のなかに、
”Quiero felicitarte.”
君にお祝いをしたいんだ、と、フランクな調子のフレーズが混ざっていました。
その部分だけが、スペイン語で。

石井先生から受け継いで、
自分より若い世代のひとたちを相手に実践したいことが、私にはいくつもあります。
だから、こんな失敗をしてしまいました、とか、こんな嬉しいことがありました、と、
ぜひ先生に、ご報告をさせてください。

それだけではなくて、こんな面白いことを見つけました、とか、
こんなことをやろうとしています、とか、こんなアイディアを思いつきました、
そういうことも、きっと、ご報告します。

お別れのご挨拶というよりは一つの区切りをつけるためのご挨拶を、おくります。

深い尊敬の念をこめて。

2011年12月22日木曜日

solsticio


冬至=Solsticio de invierno.
2011年12月22日。
写真は今年の12月5日午後3時前に撮った。
同じ場所に同じ時刻に行ったとしても
景色も光も、それを見る自分の感覚も大きく変わっている。

"vida"ということばを日本語で何と訳したらいいのか、
いまだにわからない。
人生、生活、命、
すべてを包含する「生きること」。